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小説
2人
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噂が、ある。
浩瀚の私室に一枚の絵が飾られていると。
そして、その絵は、美しい女の絵だと、
そういう噂がある。

そう聞いたのは、確か鈴からだったと、陽子は、横で静かに書物を読む浩瀚に視線を向けた。
傾き始めた日の光が、浩瀚の顔に当たり、影を落としている。
視線に気付いたのか、ふっと、浩瀚は書物から目を上げ、陽子を見た。右の眉だけを器用に上げ、不思議そうに首を傾ける。
「どうか、されましたので?」
「・・・いや」
「分からない言葉でも、ございましたか?」
浩瀚は書物を置き、陽子のほうへと向かう。
陽子は浩瀚から慌てて視線をはずし、書物へと移す。

それは、浩瀚から課題として出された古い小説で、達王が慶に君臨していた時代より以前の巧国の話だという。
浩瀚が己の側に立ち、書物を覗き込むので、陽子は気まずそうにある文字を指差した。
別のことに、しかも浩瀚自身のことに気を囚われていたことなど、知られてはならないと思った。

「幸祐という名の意味は「神にたすけられる幸せ」といったところだろうか?」
「そうですね。もしくは「幸福を天から授かる」かもしれません」
陽子の戸惑いに気付いた様子もなく、浩瀚は陽子の問いに答えた。ほっと、浩瀚に気付かれないように息をつき、もう一度「幸祐」とつぶやいた。
「いい字だ」
書物の中の少年同様に、何度もうなずきながら、陽子は浩瀚を見た。
「私もそう思います」
浩瀚は微笑んだ。
「・・・人から幸せを願われること。その、なんと幸せなことでしょう。そして、なんと素晴らしいことでしょうか。それだけで、きっと世界は変わってしまうのでしょうね」
浩瀚のその言葉に、陽子は驚いたのか、目を大きく見開いた。
「お前がそんなことを言うなんて、すごく意外だ」
「そうでしょうか。本当にそう思うのです。
・・・主上は、そう思われませんか?」
浩瀚は、陽子が確かにそうかもしれないとつぶやき、考え込むように腕を組んだその様子を慈しむように眺めた。

「本日は、このくらいにしておきましょうか。本日私に尋ねられた字に関する熟語をそれぞれ五つ調べておいてくださいませ。
次回までの課題にいたしましょう」
組んだ腕をそのままに、陽子は承諾の意を伝えた。


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