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メタモルフォーゼッ!


進路希望調査、なんて一年時に配られても困らないか?俺だけか?
担当教諭の岡部が配った、空白の欄がいくつも印刷されている進路希望調査表を受け取って、後ろのハルヒに渡す。どうせこいつのことだ、ろくな進路なんて考えちゃいないだろうが(それこそ大統領になりたいだとか書きそうだ)、それでも配らなければならないものはきちんと配る。それが前の席である俺の役割だ。
案の定受け取ったハルヒは怪訝そうな顔をして、興味を惹かれたようにぐぐっとその紙を見つめ始めた。手に持ったシャーペンをくるくると回しながらいったい何を考えているのやら、どうせろくなことではないのだろうが、と思っていた俺の考えは間違いじゃなかったが、認識が甘かった。
ろくなことを考えるだけじゃないのが、ハルヒという女なんだ。


掃除当番だから先行っといて、と言われて先に部室に向かう。掃除の時間特有の埃っぽさやにぎやかな教室を通り過ぎ、部室棟に足を踏み入れた。ガサガサと袋を運ぶ生徒たち数人とすれ違い、プリントの運搬役を任命されたらしい可哀想な生徒を見送って階段を上る。
そういや一緒に行こうと思っていたのだが名前は教室にいなかった。先に部室に向かうならいつも俺かハルヒに言っているから、用事か何かだろう。慣れた足取りで廊下を進み、辿り着いた部室のドアをノックする。ここに既に朝比奈さんがいらっしゃれば、ひゃあ〜い、なんて愛らしい声が返ってきたかもしれないが、返答はなかった。よって俺は無言でドアを開ける。

「……お」

珍しいことに、誰も居なかった。必ずと言ってもいいほど一着を飾るのは窓際の席を陣取る長門有希だが、その姿さえ見えない。皆どういうわけか遅れているようだ。
いつもの席に腰を下ろし、机の上に鞄を置いた。しかしどうにも落ち着かない。一人でこんな空間で誰かが来るのを待っているだけというのはつまらないし、朝比奈さんが来るまで何も口に出来ないだろうから、何かジュースでも買おうかな、と思い、再び立ち上がった。

「……ん?」

立ち上がり、外へ出るべく財布片手にドアノブを握った俺は、視線の先にある掃除用具入れが妙に気になって立ち止まった。なんだ?何がと聞かれると困るが、何かがおかしい。特別汚れているわけでもないし、道具がはみ出ているわけでもないのだが……あ。

「ちょっと移動してないか?」

呟きながら俺は、用具入れの前に立った。俺の身長より少し高いくらいの大きなそれが、昨日より数センチ前へ出ているような気がして。ついでに左に移動しているような気もする。誰かが動かした?でも、それなら誰が?
部室棟は特別室以外の、つまり部活動で使用されている部屋は基本的に使っている人間が掃除する。よってこの大きなロッカーを動かす人間はSOS団のメンバー以外に存在しない。でも、普段この部屋の掃除をするのは朝比奈さんか名前くらいだ。その二人がこのロッカーを意図的に動かした?まさかそんな。
ロッカーが前に出ているとどうにも室内が狭くなった気がして居心地が悪い。二人がやったのだとすれば申し訳ないが、戻させてもらおう。がつ、と掴んで持ち上げようとしたら、存外重くてすぐに手を放した。

「あれ?重……」

中に掃除機とか入ってんじゃないだろうな。ハルヒがどっかからぶん盗ってきたとかで。まさかそんな、と思いつつロッカーの扉を開く。「ごぶしっ!」考えもしない事態が起きた。
扉を開けようとした瞬間、向こうから扉が開いたのだ。まるで中を見るなと言わんばかりに扉がせまってきて、顔面を強打した。当然だが痛い。しゃがみこんで痛みに悶絶してから、鼻をさすり腰を上げた。
誰かが、中に、入っている?

「………誰だ」

低い声でロッカーに向かって問いかける。さっきの一件でここに誰かが入っていることは確定した。だが、その誰か、まで特定できたわけではない。しかし、確実にSOS団メンバー以外の誰かだろうということは予測できた。あいつらがこんなところに入る理由なんて皆目見当がつかない。それに、もし俺をからかう理由でここに入っているのならば、とっくのとうに出ているはずだ。
ならばここに入っている人間は、SOS団メンバー以外の誰か、かつ、ここに隠れていることを知られたくない部外者、というところだろう。

「また、ハルヒ関係の誰かか?」

皮肉げに笑って、扉の溝に手をかける。錆びた扉が、擦れてぎいぎいと音を鳴らした。もしこれで長門の属する派閥とは違う、例えば急進派とか言ってたな、そこに属しているヒューマノイド以下略が潜んでいたらどうしよう。まあどうにかなるか。情けない話だが、長門がなんとかしてくれるだろう、と思って思い切り扉を開く。
瞬間、間違えましたと言って閉めたくなるような人物が俺の視界に飛び込んできた。

「……………」

「……………」

「………名前?」

「……………うん」

ここで「名前のお姉さんか誰かですか?」なんて聞くほど俺も耄碌しちゃいない。こいつはこの身ひとつでこの世界にやってきたのだ、勿論血の繋がった親族なんてここにいるはずがない。
だから、明らかに俺より年上で、でも名前にそっくりであったとしても、それが名前の身内なはずがないんだ。他人の空似でもないだろう。なんというか、経験というか、勘でわかる。つまりこいつは、

「名前の、異時間同位体――」

「とはちょっと違うかな、まあそんなもんだろうけど……すみませんねえ、重たくて」

こいつ少し前にロッカーを持って「あれ?重……」って言ったこと根に持ってやがる。仕方ないだろう、ロッカーの重さとその中身、それに加えて人一人の体重が加われば重いに決まっている。とりあえず謝りながら手を差し伸べてロッカーの中から出してやったが、目は眇められたままだった。

「ええと、ところで、なんでそんな姿に?ていうかお前は、いつの時代の名前なんだ?」

「いや、この時代の私だけど……。6限目が始まるちょっと前くらいだったかな?体がむずむずして、何かおかしいなってトイレに行ったら、だんだん体が成長し始めて。プラス10歳くらいってところかな?」

ほほう、なるほど。確かに、身長もほんの少し伸びていて、あと不謹慎ながらバストサイズあ、なんでもないです、とにかく体の部分部分が成長しているようで、こうして真正面から向き合っていると何か違和感を覚える。
しかもその体型のまま例の教師服を着ているものだから、ぱっと見この学校の教員にしか見えない。

「制服は?」

「私の下駄箱に入れようと思ってたんだけど、ハルヒか誰かに確認されちゃ困ると思って、申し訳ないけどキョンの下駄箱の中に」

何故俺の下駄箱に入れる。もしこれで誰かに見られたらどうするんだ。俺は女生徒の制服を所持している人間として白い目で見られるに違いない。
まあそれは今更言っても仕方がないので構わないとして、これからどうするか、だ。ハルヒに見つかる前に帰る必要があるだろう。どうする、と問いかけようと口を開いた瞬間、勢いよく部室のドアが開く。

「ごめんなさい、遅れて……え?」

「すみません、ホームルームが長引きまして……え?」

「…………」

「…………」

俺と、俺の前に立っている妙齢の女性を交互に四つの目が見、それから再び俺に戻ってきた。説明を求めるような視線に気まずさを覚える。ここで取り乱したりしないのはさすがだが、朝比奈さんは驚きすぎて言葉を失ってる、と言ったほうが正しいかな。
とりあえず先ほどあったことを説明すると、朝比奈さんは同情するように名前を見て、古泉は困ったように顎に手をやった。

「とにかく、ここから出たほうが良いかもしれません。そろそろ涼宮さんが来る頃合です」

「あ、そ、そうですねっ!名前ちゃん、あとはあたしたちがなんとかしますから、今日は一端家に……」

朝比奈さんの言葉をかき消すように、ドタドタドタ、とやかましい音が部室に向かってやってきた。その場にいる全員の顔色がざっと青くなる。ほぼ反射的に俺は名前の肩を持ち、掃除用具入れのロッカーに押し込んだ。わぎゃあ、と聞こえた声は誰の声か。と思った瞬間、何故か小さな掌と大きな掌が一緒くたになって俺の肩を押し、あれ?と思う暇もなく俺までロッカーに突っ込まれる。ガタン、という音がしてロッカーが傾いた。目を瞬かせている間に扉も閉められ、真っ暗な空間に俺と名前が閉じ込められる。

「遅くなってごめーん!」

爆弾娘、もといハルヒが大きな音を立てて現れた。とにかく静かに登場するということができんのかこいつは。突っ込んでやりたいが今は迂闊に声を上げることも出来ない。相当狭いのだろう、苦しそうに切れ切れの呼吸をする名前の背中をさすってやる。酸素濃度が薄いのか、二酸化炭素が充満しているのか、唯一の換気口を俺の後頭部が塞いでいるからか。
まさかずっとこのままで耐えろとでも言うのか、朝比奈さん、古泉よ。これは視覚的な意味でも体感的な意味でも呼吸的な意味でもやばい。あの、あたっちゃいけない何かが、あたっている気がするんですが、その、名前さん。

「あっあっ、す、涼宮しゃん!」

緊張しているのか見事噛んだ朝比奈さんが、ぱたぱたと足音を立てて移動している。ハルヒの前にでも立ったのだろうか。

「その、今日、天気も良いですし、お外でお茶しませんか?」

「外ぉ?別に良いけど……キョンと名前と有希は?」

そういえば長門はどこに行ったんだ。

「どうやらお三方は帰られたようですね。長門さんはコンピ研かもしれませんが、確実に彼と名前さんは帰られました。どうやら、シャミセン氏の体調が芳しくないらしく、病院に行くとのことで」

「あら、そうなの?それなら仕方ないわね。…でも、連絡くらいよこしなさいって言っとかなきゃ。……じゃあ、お茶しに行きましょうか。お茶請けはあるの?」

「あっ、き、今日の調理実習で作ったお菓子が……」

足音と声が徐々に遠ざかっていくのを聞き届け、完璧に聞こえなくなったのを確認してから、俺は肘で扉を押した。窮屈だし、俺の体はそう柔らかいわけでもない。後ろに回らない腕が鬱陶しい。もう一度強めに扉を叩いてみた。ぐらぐらとロッカーが揺れて、名前が不安そうな表情を浮かべる。
なにくそ、と力いっぱい扉を叩いた瞬間、勢いよく扉が開き、扉に背中を向けてロッカーに収まっていた俺はモロにバランスを崩し、背中から床に倒れこんだ。折り重なるように収納されていた名前も共倒れである。

「でっ!」

名前は受け止めたからともかく、俺は見事に後頭部と背中を強打した。痛い。ていうか体勢が、だな。これはやばいかもしれ……

「……有希!」

俺の上に倒れこんでいた名前が声を上げた。え、と思いつつ視線を上げる。部室のドアの前にいつの間にやら立っていた長門が、無言で俺たちを見下ろしていた。

「本日朝のショートホームルームで配られた進路希望調査により、涼宮ハルヒはあなたが成長した図と部活毎に扮する教師姿を重ね、思い浮かべた。SOS団の人間を一通り想像したようだが、あなたのビジョンが一番鮮明で現実的だったためその想像が投影されたものと考えられる」

「え」

「効果は一時的なもの。明日になれば戻ると予測される。今日はもう帰るべき。……それだけ」

俺たちが口を挟む隙も与えないまま現状説明をしたかと思うと、長門は再び口を一文字にしてどこかへ去ってしまった。恐らくは古泉のフォローどおり、コンピ研に向かうか帰るのだろう。俺たちもそうするべきだな、うん。
まさかそんな理由で、とうなだれる名前には悪いが、ちょっと得したと思っていたりする。それを口にするのは憚られるので黙っておくが、まあ効果は永続じゃないんだし、いいんじゃないか、こんなハプニングも。
私だけじゃなくて皆の成長した姿も見たかったよう、と落ち込んでいる(そっちかよ)名前は勿論俺の上から退く様子もなく、そして俺も何も言わない。
とりあえず今は、上に乗った名前の腰に手を回してもいいのか迷っている。







メタモルフォーゼッ!







澄依さん、
リクエストありがとうございました!






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