スペクタクル・デート!
正直なところ僕は、ペアになる際に困るのは涼宮さんと長門さんくらいで、朝比奈さんと彼と名前さんならば別段会話に支障が出ることもなく、また、焦ることもないだろうと思っていた。
その認識を改めたい。
「古泉くん、どこ行きたい?」
横からかけられた言葉に僕は、一瞬肩をビクリと震わせた。平常心、常に笑顔であれ、と自分に言い聞かせてきたことをほぼ無意識的に再度自分に言い聞かせ、いつもどおりの笑顔を浮かべ、彼女を見下ろす。別に彼女は、涼宮さんのように機嫌を損ねても世界崩壊なんて物騒な事態を招いたりはしない。だから僕も幾分表情を和らげてもいいと思うのだが、いかんせん積み重ねてきたこの仮面は、剥がしたくてもそう簡単に剥がせそうには無かった。
「どこでも……、名前さんの行きたい場所へどうぞ」
ずるい言い方だとわかっていながら、そんなことを口にする。
彼女は困ったように眉を寄せると、既に南に向かって走っていった涼宮さんたちを見つめるように、視線を横にずらした。僕たちが北、彼と長門さんが東、涼宮さんと朝比奈さんが南。
――彼女と一緒に居ると、いろんな意味で緊張して、逆に非常に気まずかった。何か粗相をしてしまったらどうしようかと不安になるたび、他の人とペアだったほうが良かったかもしれないと思い直す。このペアになれて何よりも喜んでいるのは僕だというのに。
「じゃあ……、とりあえず、歩いてみようか」
「そうですね」
ごめんなさい、と心の中で謝罪しながら彼女の隣を歩く。さすがに休日とあってか人は多い。駅前と言えば人通りが多い場所の代表的なところと言って差し支えないだろう、人にぶつかりそうになってはするすると抜けて歩いていく名前さんの器用さに驚きながら、僕も足を進めた。
途端、避けたはずの人が再びふらりとこちらによろめいてきて、力いっぱいぶつかる。うわ、と声にならない声が出たかもしれない。その声で、僕より少しだけリードして歩いていた彼女が立ち止まり振り返ったのが見えたが、僕にぶつかってきた誰かがそれを遮るように前に立った。
「ごめんなさ〜い、前よく見てなくてぇ」
言い方は失礼だが、それなりに頭の軽そうな女性だ。年の頃は僕より少し上くらいに見える。いえお気になさらず、と言ってその肩をやんわり押し退けたのだが、女性はその腕を逆に掴み、腕の中に抱え込んできた。
「何を、」
「ぶつかっちゃったお詫びにぃ、お茶しません?」
言われた言葉の意味がわからずに呆然としていると、それを勝手に肯定の意と受け止められたのか、腕をぐい、と引っ張られた。意味もわからず名前さんを探す。彼女もまた呆然とこちらを見ていたが、我に返ったように目を見開いてこちらに寄ってくる。
「あの!すみません、この人私の連れなので」
名前さんは女性の肩に手を置いて顔を向かせ、言い聞かせるようにゆっくり喋った。立場的には普通逆なんだろうなあ、と思いながら、安堵の笑みを浮かべる。これで女性が退散してくれるだろうと思って肩の力を抜くと、またぐい、と引っ張られて女性の後ろに立たされた。……あれ?
「連れってことは、彼女じゃないんでしょぉ?お詫びしたいのでえー、ごめんなさあい」
日本語として何かおかしいような気がしたが、とりあえず彼女じゃないならいいだろう、という言い分らしい。名前さんは半ば絶句して女性を見返していた。
その表情に満足したのか、女性はさあ行きましょなんて言いながら僕の腕を引く。よく意味がわからないけれど、なんだか非常に腹が立ったのでその手を振り払った。ああ、できれば女性には優しくしたいと思っているのに。
「……すみません。彼女とデート中なので、邪魔しないでいただけますか」
最初からこう言えばよかったな、と思いつつ、唖然とした女性を尻目に名前さんの元へ駆け寄った。それからよく事情が飲み込めていない彼女の手を取って、所謂恋人繋ぎとやらをして、さっさと歩道を進む。人通りが多いせいか、すぐ女性は見えなくなった。
それを確認した後、小さく息を吐いて名前さんを見下ろす。
「すみません、逃げる理由にあなたを使ってしまって……」
「あ、ううん。寧ろあれくらい言わないと、ついてきそうだったもんね。大丈夫、ありがとう」
微笑む名前さんに救われながら、ゆっくり手を放した。もうちょっと繋いでおきたかったと思ったことは胸の内にとどめておく。しかし、女性が向かう方向とは全く正反対の方向、つまり駅からかなり離れたほうに歩いてきてしまったので、正直道がよくわからない。
「……戻りますか?」
「うーん……少し時間を置いてからのほうが良いような」
「そうですね」
二人で頷きあい、とりあえず近くにあった公園に向かった。大きな公園で、ところどころにベンチが備え付けてある。紙コップ式の自動販売機コーナーでお茶を購入して、ベンチに座った。
「いやしかし、さすが古泉くん。街を歩くだけでつかまるとは……」
隣の名前さんはなにやら感慨深げに頷いている。そんなことないですよ、今日が稀だっただけです、と言うと、彼女は怪しむような視線を僕に隠しもせずにぶつけてきた。
「嘘でしょ?逆ナンとか、しょっちゅうされてるんじゃないの?」
「されませんね。特にSOS団の不思議探索では、今回が初めてですよ」
「へえ、そうなの?で、“特に”ってことは一応されてはいるんだね?」
「え……あ、はい……」
負けた気持ちになりながら頷けば、名前さんは納得したように微笑んだ。でも本当に、不思議探索ではナンパされたことなど無い。理由は、いつも何かしら誰かと一緒に行動しているからだろう。彼と一緒の時にはあまり出歩かず、珈琲店などで時間を潰すから絶対に無い。
また、涼宮さん朝比奈さん、長門さん然り、SOS団に所属している女性は皆美人なものだから、一緒に居るだけで僕でも気が引けてしまうくらいだ。そんな彼女たちを見ただけで、僕にナンパしようなんて気が起こらなくなるだろう。逆はどうかわからないが。
「私じゃナンパ避けにはならないねぇ……。古泉くん、ごめんね」
「何を仰るんですか」
どうやら彼女はとことん自分を卑下するようだが、僕や彼、勿論誰から見ても、十分魅力的な女性だろう。お世辞や慰めはいいよと言ってちっとも聞き入れてくれない彼女にどうこの気持ちを伝えるべきかしばし迷う。
そうこうしているうちにカップの中の液体は底を尽きて、彼女が立ち上がった。
「そろそろ行こうか?もうさすがにあの女の人もいなくなってるでしょ」
「あ、そ、そうですね……」
再び何かに負けた気持ちになりながら立ち上がる。軽く服についた砂利を払い、空になったコップを片付けに向かった。そのとき、突然感じた気配に目を見開いた。と同時に、ポケットに入れていた携帯が軽快なメロディを奏でる。
「……!」
「どうしたの?ハルヒから連絡?」
そんなものじゃない。間接的には涼宮さんからの呼び出しかもしれませんね、と口にして、苦い笑みを浮かべた。
――閉鎖空間発生。
どうやら一緒に行動していた朝比奈さんが痴漢に遭い、それを涼宮さんが止めに入ったのだが、無実の罪だと相手側が主張し、通りかかった警察官との話が長引き、イライラが募ったらしい。結局、相手側が痴漢を認めたが、それはそれで涼宮さんの不興をかったようだ。メールに記載された閉鎖空間発生地は、
「……っ名前さん!」
「な、なに!?」
驚く彼女の手を掴むとほぼ同時に、辺りの景色が一転し、灰色に染まった。
遠くからドォン、と大きな音が聞こえる。ちょうど駅のあたりだろう、大きな建物を破壊している音が断続的に響き、僕は名前さんの手を引っ張って、木々の隙間を走る。
街の中心だからか、仲間もすぐに到着したらしい。既に神人の動きが弱まっていって、地響きも小さくなる。僕が今から向かうまでもないだろう、と思い、崩れそうに無い広場に出て、彼女の頭を抱きかかえた。
「後もう少し、我慢してください……」
「う、ん……」
それほど神人が多く出現したわけではなかったようで、やはりすぐあたりは静寂に包まれた。最後にひときわ大きな、ドォン、という音がして、空が割れてくる。もう大丈夫ですよ、と体を放すと、彼女は空を見上げて、溢れる灰色以外の色を見て、
微笑んだ。
「……なんだか、巻き込んでしまって、すみません」
「いやいや、古泉くんのせいじゃないよ。そんなに怖くなかったし、大丈夫」
「でも、せっかくの探索もできずじまいで」
うなだれる僕を見て、彼女は楽しそうに笑い、いいんじゃないかな、と首を傾ける。
今回は規模の小さいものだったけれど、あれがもし大規模で、神人の数も多かったとしたら、彼女に危害が及んでいたかもしれない。そう考えると、ひたすらに申し訳ない気持ちが胸を支配する。
そんな僕の心を知ってか知らずか(恐らく知らないだろう)、彼女は楽しそうに微笑んだまま、僕の服の裾をほんの少し引っ張った。
「楽しかったよ、ちょっとスペクタクルなデート!」
「でっ……!」
その単語に反射的に顔を上げたが、どうやら彼女にからかい以外に他意はなかったようで、きょとんとした目線を向けられただけだ。真っ赤になったであろう顔を隠し、半ば脱力しながらも、喜んでいただけて何よりです、と僕も微笑む。
――いつか、理由もなく手を繋ぐことができたらなあ。
胸を張って、デートです、と言えるような間柄になれたら。
そんなことを思いながら、空いた掌をじいっと見つめた。
スペクタクル・デート!
流織さん、
リクエストありがとうございました!
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