ああ素晴らしき人生
俺たちは今、考えも及びつかないような空恐ろしいゲームを半強制的にやらされている。
本当に恐ろしいゲームだ。運命とはかくも無残なもので、少し選択を誤っただけで人生のレールから外れ、身を襲う恐怖に震えなければならない。進むことしか許されず、時には戻ることを許可されても、戻った先は再び悪夢ということも珍しくない。気付けば手元から資産は消え、反対に富を手に入れる者もいる。弱肉強食の世界。運こそがすべて。ああ、本当に恐ろしいゲームだ。
つまり、一言で言えば人生ゲームである。
「よっしゃああああ!株が大当たり、1千万円ゲーット!」
「やるわね、名前!!」
おい名前、仮にも女ならよっしゃああああなんて雄雄しい叫びはよせよ。そんな女の手元からはひとつのサイコロが転がっており、転がったサイコロは三の字を示していた。名前が止まっていたコマから三つ進めば、そこには先ほど名前が声高に叫んだとおりの文章がつらつらと綴られている。
「キョンも名前を見習うことね!あんた、今借金まみれでしょ?少しでも返済できるように誠心誠意頑張りなさい!」
俺としては頑張りたい所存なのだが、俺の手から零れ落ちるサイコロはどうやら頑張る気など小指の第一関節から先ほども無いらしい。
ハルヒが言ったとおり、今の俺は借金大王だった。停まるコマ停まるコマでなぜか散財するはめになり、ついには手元に残っていた金もパア。しかし無情にも俺の振る賽は悲惨なコマへと導く数字しか叩き出さず、俺はあらゆる場所から借金をして回るはめになった。ハルヒから百万、長門から二百二十万、朝比奈さんから九十万、古泉からは五十万、名前からはなんと三百万。おかしすぎるだろとゲームに何度突っ込んだことやら。
そんなわけで俺は金が無くなるにつれ手元に借金で増設したビルやらテーマパークやらの管理権を増やしていった。いらねえ。たまに他の奴らが俺が作った建物を置いたコマに止まると、使用料としていくらかはもらえるが、それもせいぜい借金の百分の一くらいだ。泣きたい。
「ほら次っ、キョン!あんたよ!」
「おう……」
ハルヒに指をさされ、名前からサイコロを受け取る。今度こそまともな何かが出てくれよと思っていたら、出た目は二だった。二つ進む。………
「『会社倒産。土地・建物の管理権剥奪』……」
固まって動けない俺のかわりに、淡々とした口調で長門が朗読してくださった。終わった俺の全て。ねーよ。たかがゲームでと必死に自分を支えてきたのももう限界である。こんな思いするくらいなら人生ゲームなんか断って古泉と二人でボードゲームしときゃよかった。そしたら俺は負ける悔しさなど知ることなく勝利を収め続けていただろうに。
「キョン、あんた……」
あのハルヒですら若干気の毒そうに俺を見ていた。見るな、そんな目で俺を見るな!……しかし失ってしまったものはもう取り戻せない。手元に残ったのは借金のみである。泣いてない、ほんと泣いてないから。目から流れてるのはホラこれ、その、ただの塩水だから。
ちなみにここで途中経過でもお知らせしよう。ランキングにしたら一位は名前とハルヒが同着くらい。次点が長門、続いて朝比奈さん、古泉というところだ。あの古泉にゲームで負けているというところが悔しすぎて泣きたいが、これは実力勝負ではなく運だから仕方ない。そうだこれは実力勝負じゃないんだ。だから俺が負けていても仕方ない。
「運も実力の内」
「長門、お願いだから心の中を読むのと俺をうちのめすのはやめてくれないか……」
打ちのめされた俺の次に、古泉がサイコロを振った。こいつもなかなか勝負運の弱い奴である。俺ほどではないが適度に借金を抱えており、停まるコマも二戻るとか罰ゲームをするとか、あまりよくないコマばかりだ。おお古泉、今ばかりはお前に親近感すらわくよ。お前、いつも勝負で負けるたびにこんな気持ちを抱えてたんだな、ちょっと優越感に浸ってたりして悪かっ
「おや」
『らっきー☆ちゃんす!となりの人が少しでも借金を持っていたら、あなたの借金を譲渡できます☆☆☆』
わりと本気で何か武器になりそうなものを探す俺に、古泉はそっと借金カードを渡してきた。少しどころじゃねーよ俺の借金半端じゃないだろ。ここは空気を読めよ。いやあすみませんなんて笑う古泉を見ていると先ほどの発言を撤回どころか無かったことにしたくなる。
めでたく俺の手元にそれなりの負荷がかかる借金が渡された。もうこれ残りのコマじゃ返しきれんぞ。運よく金が手に入るコマに止まっても、よくて二百万くらいだ。先ほど古泉から譲渡された金額を加算して、俺の手元には一千万。無理だろ。
「いよっしゃ!あがりねっ」
元気の良い声が上がったと思い顔を上げると、ハルヒが太陽みたいな表情で盤上を見つめていた。見ればなるほど、ハルヒの言ったとおり。借金もなく、それどころか大量の資産も持っていて、いつの間にやら結婚して子供までいる。赤い色をした車、もといユーザー用の駒がゴールラインをゆうゆうと乗り越していた。おいお前幸せな家庭築いてんじゃねえぞ。恨み言の一つでもつきたい気分だが、それを口にすればハルヒの報復にあいそうなので黙っておく。
「あ、あたしも…ですぅ」
か細い、嬉しそうな声がしたのでおやと思いつつ顔を上げれば、朝比奈さんがピンク色の車をちょいちょいと動かしているところだった。サイコロの目は六。六個先のコマはぴったりゴールだ。朝比奈さんもいつの間にやらご結婚なさっていて、子供はいないものの資産もそれなりにあり、ハルヒほどではないが幸せな家庭を築けている。リアルでないのならば俺は文句一つ言いません。おめでとうございます朝比奈さん。
「……わたしも」
続いた声に再び視線を移すと、今度は長門が薄い紫の色をした車を動かしていた。長門の車はそうゴールに近いわけではなかったが、停まった先のコマが『おめでとう!一気にゴール』であったため、長門の指の間に挟まれた車は一気にゴールへと向かっていく。
長門の車がゴールラインを跨いだところで、ハルヒが二人の間に体を突っ込み、両者の肩に腕を回した。
「ふふん、私たちはあがりよ!さあ、この中でドンケツになるのは誰かしら?」
すげえ嫌だ。一番可能性が高いのは俺である。次にゴールする確率が高いのは名前だし、古泉は俺とどっこいどっこいだが、借金的な問題で俺が一番ヤバイ。
「おいハルヒ、これって先にあがったら勝ちなのか?」
俺の質問にハルヒは少し考えて、
「一応そうだけど、資産とかもちゃんと計算するわよ。そこから変動する可能性だってあるんだからね」
つまり、借金まみれの俺はドンケツ候補なわけだ。これじゃ古泉より先にあがっても意味が無い。次の名前がサイコロを振って、無難に四つ進むのを焦りながら見た。……次は俺か。
「………」
どうか少しでも良いコマに止まりますように、とサイコロ様に念じながら、俺はゆっくりそれを落とした。勢いをつけてコロコロと転がっていくサイコロが、止まる。五。あまり結果を知りたくないので、先に青色の車を五つ動かしてから、停まった場所を見た。
「………え?」
声を上げたのはハルヒだ。俺は恐る恐る書かれた内容に目を通す。
『らっきー☆ちゃんす!独身の人は他のプレーヤー(独身に限る)の中から結婚相手を指名することができます☆☆☆』
俺は即座に顔を上げた。コマの内容を見て口をぽかんと開いている残りの独身プレーヤー二人。勿論躊躇する必要などない。
「名前!!結婚するぞ!!」
「ええええええええ」
急なことに呆れているのか戸惑っているのか嫌がっているのかわかりにくい名前の所有する、薄い緑の車の横に俺の車を引っ付けた。俺の停まったコマで細かく指定されている通り、『結婚相手のいるコマに移動し、資産は二人で分け合う。移動する際は両者一緒に』…と言っても俺には借金一千万しかない。しかし名前は三千万くらい持っていたので半分の一千五百万が俺に譲渡され、その結果俺には、
「借金返済……!そして手元に五百万残る…!」
「これ私にメリットないんだけど……」
名前からすると疫病神が憑いた(貧乏神か?)ようなもんだろうが、俺は助かった。万々歳だ。隣の古泉が珍しく悔しそうな表情をしているのは見間違いだろうか。もうなんでもいいしどうでもいい。古泉は無難に二コマほど進み、また名前に順番が回った。
「……あ、ゴール」
「てことは、俺も……ゴールか?」
「ええええええええ」
ちなみにこの「ええええ」は古泉だ。それを無視して、俺と名前は同時にゴールラインを跨いだ。おお素晴らしい運の女神!俺気持ち悪いな。
「ちょっとお、キョン!!あんた、全部名前のおかげじゃないの!」
「ははは、運も実力の内とは言わないかね」
憤慨するハルヒに笑いながら言い返し、晴れてドンケツ決定した古泉にサイコロを渡してやった。古泉は手元に資産が無い。これから進むコマにも百万や二百万程度しか金がもらえるコマは存在しない。つまり、手元に五百万ある俺の勝ちというわけだ。これで古泉がヘタに運の良さを発揮しない限りは、だが。
「じゃあ古泉くんがビリってことね」
不承不承といった体でハルヒが言い、口先を尖らせた。おうおう、とっとと罰ゲームなり何なりさせてやれ。俺はと言えば助けてくれた名前に感謝のつもりで何かをおごってやる約束をとりつけていた。
なんてこった、ゴール前くらいまではあんなにいやだったというのに、勝利を収めた瞬間にこんな清清しい気持ちになるとは。古泉、罰ゲーム頑張れ。まあハルヒは俺以外の団員に甘いから、それほどキツいものが科せられることはないだろうよ。そんなことを、相も変わらず清清しい気持ちで俺は考えた。
ああ人生ゲーム素晴らしい!
ああ素晴らしき人生!
氷翠 鏡さん、
リクエストありがとうございました!
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