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あいうぉんとりヴ


男の子は泣いていました。からだが痛いのではありません。こころが、じくじくと痛んでいました。男の子の目からはぽろぽろと涙がこぼれました。男の子はあんまりなかないこでした。だから、それを見た女の子はとてもとても驚いたのです。女の子がいたいのと聞くと、男の子は頷きました。どこがいたいのと聞くと男の子はこまったように瞼をひらいたりとじたりしました。けがをしたのと聞くと男の子は首を横に振りました。こころがいたいのと聞くと男の子は頷きました。
だから女の子は、






時々僕が、限定超能力者でもなんでもなく、ただの一男子高校生であったのならばどんな生活をしていたのだろうと思うことがある。
それはたいてい他愛も無いときで、それこそふとした瞬間であったり、一人で寛いでいるときであったり、ご飯を食べているときであったり、友人と談笑しているときであったりとパターンは様々だ。
けれど、いつも辿り着く結論は一緒。僕は、とても悲しい。ただ、ランダムに選ばれただけの超能力者。別に僕である必要は無かったと、そんなことまで考えてしまって、でも今更ただの男子高校生に戻れるかどうかと聞かれると否で、どうしたらいいのかわからなくて、とつぜん悲しくなってしまう。
ただ、僕は僕のやるべきことをまっとうすれば良いのだと、そこに辿り着くまでには何時間もかかる。なぜ神様は僕を選んだのだろう。なぜ神様は適当に選んでしまったのだろう。なぜ神様はなぜ神様はなぜ神様は!そして最終的には、どうして僕が生まれてきたのかと言う極論へ。
どろぬまだ。抜け出すことのできない足場にはまりこんでしまって、もがくのも億劫で、ただ沈んでいくだけ。沈んで沈んで、頭までとぷんと浸かってしまったら、僕はそこから回復するのを待つ。沼が干からびるまで。日が暮れて、朝がきたら、たいていいつもの僕に戻っているから。



――戻らなかった。

その日の朝、僕の気分は最低だった。戻っていなかった。神様をただ責め続ける、くらい思想しかしていなかった。僕は、ああ、僕は。
時計を見る。眩しい光は僕の網膜を刺激して、時計のガラス面に反射して、ちかちかと瞬いた。目を細めると、アナログの時計の短針と長針がどこを指しているのかがほんの少し明瞭に見える。
まだ時間はあった。あと、二時間くらい。ご飯を食べて用意をして、ゆっくりするくらいの時間はあるけれど、この落ち込んだ気持ちが治るかと言われると素直に頷けはしない。どうしよう。
鬱々とした気持ちでベッドから起き上がると、フローリングの床に足をつけた。ああ、生きてる。なんとなく気分は悪いのは、すずみやさんのせい?胸がむかむかして、どうしようもなく空虚な感じがするのは、彼女がそう思っていて、僕がそれにつられるせい、だろうか。

薄くて熱いコーヒーを飲みながら、テレビをつけた。相変わらず気分は落ち込んだまま。行きたくないなあ。登校拒否をするこどものように折り曲げた膝の間に額を落とす。いきたくない。今神様に会ったら、きっと、なんで僕を選んだのって、怒ってしまいそうになるから。泣いてしまうだろうから。
だからすずみやさん、どうかおねがいですから、きょうのふしぎたんさくはあきらめてください。心の中で強く強く願った。携帯のランプが光って、震えて、メールを僕に届けて。ください。今日は休みだって。
けれどメールは来なかった。僕はなきそうな気持ちで家を出た。



笑顔を作るのはほとんど義務みたいなもので、最近はずっと使っていたものだから、頬の筋肉が勝手にうごいて笑ってくれた。だから僕は、なんとか表面上はいつもどおりの古泉一樹を演じることができた。
チームわけは以下の通り。涼宮さんと朝比奈さん。長門さんと彼。僕と名前さん。ああどうか、彼がへんなことをしでかしませんようにと、それだけは願っておく。そして彼女の機嫌を損ねないようにと勝手な願望を。
でも、もし僕が長門さんと一緒であれば、あるいは彼女なら、僕を放っておいてくれたかもしれないと。そう思った。名前さんはきっと、心配をしてしまう。どうしたのって自分がいたい顔をして、僕のことを心配してくれるにちがいない。それはいやだった。
だから僕は、僕を頑張って演じ続けてきたのに。気持ち悪い。体がだるい。泣きそう。
泣きそう。

「……古泉くん?」

あっちのほうに新しく出来たテーマパークが、と声を上げた名前さんが、一瞬の間をおいて、不安そうに呟いた。呼ばれた僕はその場に立ち止まっていて、くちを手で覆って、軽く下を俯いている。吐き、そう。全身がだるくて、もう、帰ってしまいたい。

「…古泉くん!?」

二歩ほど先を歩いていた彼女が引き返してきて、僕の顔を覗きこんだ。見ないでください恥ずかしい。にじむ、潤む視界で、ほんとうに名前さんは不安そうな顔をするから。ああもういやだ。消えてしまいたい。
その場にずるずるとしゃがみこんで、情けない顔と体を隠した。さぞ名前さんにとっては迷惑な行動であろう。幸いなことに人目の少ない公園の外れた道を歩いていたから、あんまり他の人には見られていない。いや、いるなあ。あげないでくださいと看板が切に訴えているにも関わらず、ハトにエサを与えているおばさんが。奇妙な顔でこちらを見ている。

「どど、どうしたの。おなかいたいの?大丈夫?」

「大丈夫、じゃありません」

ぼろぼろに泣きながら僕は訴えた。もう帰りたいんです。申し訳ないのですが、名前さんはこれから一人で、探索を続行してください、僕はすずみやさんにメールを送って帰りますからと、そんなことを考える。大丈夫じゃない、という訴えに、名前さんはうろたえて、ベンチに座ろう、と肩に触れてくる。

「いやなんです」

「な、なにが」

ハトおばさんはパンの耳を細かくちぎり、放り投げながらこちらを見るという奇妙なワザをしてみせた。目じりをごしごしと拭いながら、僕は駄々っ子みたいに続ける。

「いやなんです、もう、生きてるのとか、すずみやさんにじゅうじしていることとか、笑顔ばっかり作らなきゃいけないこととか、敬語だって、ほんとはすきじゃない。でも、僕はそれがぎむづけられているんです、つらいけど泣いちゃいけないし、けがだってできればしたくないけど、へいさ空間に入ったらいやでも戦わなきゃいけないし、日常ではすずみやさんの気分につられてかなしくなったりいらついたりするし、なんでぼく、僕がこんな目にって思うけれど、でも今さら言ったって仕方のないことで、だからどうしようもなくて、泣きたいんです。家に帰りたい、あなたにぐちをこぼすのだって恥ずかしいけど、つらいんだ、ねえ、どうしたら僕は、どうしたらいいんですか」

言っていることがぐちゃぐちゃだった。もう、日本語じゃない言語を使って話しかけているみたいだった。涙だけじゃない何かが顔からこぼれているような気がした。この場に、アスファルトに倒れこんで、もうそのままでいてもいいような気分だった。帰りたい。かえって、あのやわらかいベッドの上で、一日を過ごしてしまいたい。僕が、僕が生きている理由と、僕が選ばれた意味を探して考えて、辛い思いをするのはもういやだ。いやなんだ。

名前さんは、カエルが実は王様だったということを知ったいちばん年下のお姫様みたいな顔をして、ぱちぱちと瞬きをした。泣きじゃくる僕も、僕の発した発言も、全部全部が彼女を驚かせていたみたいだった。だった、じゃなくて、なのだ。驚かせていたのだ。

「………ごめんなさい。忘れてくだ」

「古泉くん」

さい、と続けることもかなわず、僕の言葉は遮られた。は、と口をあけて顔を上げると、名前さんは笑っていなかった。すうっと背筋が冷えた。ごめんなさいと、謝るつもりでまた口を開いたら、彼女は立ち上がってとお願いではなく命令をして僕を立ち上がらせ、近くにあった木陰にあるベンチに僕を座らせて、横に座った。
何をされるんだろう。説教?森さんにわりとしょっちゅうされているから、今更説教なんて怖くないけれど。うそ。怖い。名前さんが怒ったことなんてあんまりないから、あんまり、そんなことを想像できなくて、だからこそ怖かった。身構える僕の頭に、温かい何かが触れる。

「あ、え?」

名前さんの手だ!と驚いて目を見開いた直後、がたーん、と引き倒されて思い切り腰を痛めた。ハトおばさんはついには自分でパンの耳を食べながらこっちを見ていた。みないでください。
顔を上げると真上に名前さんの顔があって、ああ僕、彼女の膝の上に引き倒されたんだなあと実感する。ひざのうえ。……膝の上?

「…なにしてるん、ですか…」

「世間一般では膝枕と言います」

「そう、ではなく……」

なぜ僕の愚痴から膝枕になるのか、その間に起こったことを方程式にでもなんでもしていいので軽く示してくれませんか。
ぽかあんと僕が間抜けな顔をしていると、名前さんは小さな子をあやすみたいに僕の額をぽんぽんとなで、眠らせるみたいに僕の視界を遮った。涙で濡れた目元に、温かい掌が触れる。またぶわ、と涙腺が緩んで、涙がぽろぽろ横に流れていった。こめかみを伝って耳に流れる生温い水。僕が生きている。

「名前さん、名前さん、名前の最初の一文字、名前さん」

「うん、うん」

「つらい、つらいです、ぼく、ぼく、つらくて、なきたくて、にげ、逃げたくて、ああ、もういやだ、なんでぼくなんだ……、どうして」

「うん…」

「誰か、いっそ、だれでもよかったんです、誰でも……、だれでもいいから、ぼくを、こころから、必要だといってほしかった、ぼくは、ぼくはただ適当にえらばれただけの人間で…、だから、誰か、誰でもいいからぼくを」

――僕を。必要だと言ってほしかった。
僕の頭を撫でる名前さんの手を握って、僕を、と再び繰り返した。掌に完璧におさまってしまう小さな手首を、僕はぎゅうと握り締めた。必要として。僕が必要だと言って、必要として、と、泣き言を繰り返した。
名前さんは困ったみたいに笑って、なきむし、と小さく呟く。ひどい。あんまりだ。確かに僕はきょう、甘ったれたことを言っているという自覚はあるけれど。僕が加えて涙を流すと、名前さんはポケットから薄手のハンカチを取り出して、開いた手で僕の目元を拭った。それからハンカチを器用に広げて、透けて向こう側が見えるくらい薄いそれを、僕の口の上に落として。
それから、その薄いそれごしに、やわらかい何かをほんの少しだけ押し当てた。

はなれ、て。

「………泣き止んだ」

取っ払われたハンカチと掌の向こうで、名前さんが笑っていた。
木漏れ日は彼女の髪の毛を鮮やかに照らして、天使みたいにきらきら光っていて、どうしてこんなに綺麗なんだろうと、一瞬本気で考えてしまう。
ゆっくり起き上がって、ぎゅうぎゅうと抱きつくと、名前さんはこら、と僕を怒るみたいに言うくせに、背中を撫でてくれるのだ。

「もう、もういっかい、してください」

「もうしない」

「いじわる……」

意地悪じゃない、と笑う。
あの暗く悲しい気持ちは、どこか遠くへと消えてってしまっていた。






あいうぉんとりヴ







みずさん、
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