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雨の日は君と


――雨が降っている。

ざざあああ、と雨脚強く、窓を叩き付けるようなそれに、俺はそっと眉を寄せた。
家人は俺を除き、全員が外出中である。唯一居候の名前もどうやら買い物に行くとやらで、三時間ほど前に出かけてしまった。この雨ではまともに歩くことすらできないから、今頃はどこかの店で雨宿りでもしているだろう。
妹はミヨキチの家に泊まりだと言っていたし、両親も久々の夫婦旅行とかなんとかで他県に出向いている。つまりここには事実上、俺ひとりなのである。

「………雨、強いな……」

思わず呟いた声は、思いのほか部屋に響いた。ガランとした居間に、繰り返すようだが俺ひとり。寂しいわけではない。寧ろ昔であれば、家に自分ひとりだと気付いた瞬間、家が自分の城になったような気がしてテンションが上がったものだ。
しかし成長してしまった今では、ここが自分の城だなんて恥ずかしいことは思えやしないし、無駄にテンションが上がるわけでもない。淡々と、ああ俺ひとりか、と考えるくらいのものだ。
困ることと言えば夕食の準備くらいで、まあそれは妹がキョンくーんおなかすいたーとか言ってすがり付いてきていたせいで多少なりとは出来るのだが、非常に面倒くさい。食材がどこにあるのかはわからないし調味料だっていまいち場所を把握できていない。食器は常に手伝いで片付けているから場所はわかるものの、一人ぶんの料理は用意するのが逆に難しいと誰かに聞いたこともある。
いっそこないだ買いだめしたカップラーメンにでもしようかな、と思って空を見上げた。母が新調したレースのカーテン越しに、外で白くなるほどに雨が降り続けている。バタタタタ、と鼓膜を震わせるその音を、窓一枚を隔てて聞いていた。

「ゲームするか」

いかん、どうやら独り言を言う癖でもついてしまったらしい。
でもあるだろう、家に一人でいるときは、無駄に一人ごちることが。俺だけではないはずだ。自分に半ば言い聞かせ、自室からゲーム機とソフトを探して居間のテレビにコードを繋ぐ。
そのときだった。

ガラガラガラー、とやかましい音を立てて、地面が一瞬揺れた。ちかちかと電灯が瞬く。ギリギリ消えることはなかったが、消えても何らおかしくはない振動と音だった。
どこに雷が落ちたんだろう。この様子だと近所のようだが。ミヨキチの家じゃなかろうな、と電話を手に取ったが、一瞬の後手を放す。なんつうか、お兄ちゃんにも程があるだろう。心配なことは心配だが、少し時間を置いても変化が起きなかったので、結局電話はやめた。

ツーン、ツゥーン、と、羽虫が耳元で飛んでいるような音を機械化させたような音がして、顔を上げる。ちかちかと瞬いていた電灯が、フッと消えた。おい、と思って瞬きをする間に、電気が消えたりついたり。お前は忙しい奴だな、と呟いて電気を消す。目に悪いし、あんなでかい雷がまた落ちてこられたら困る。こりゃゲームもできそうにないなと思って、ゲーム機とソフトを再び自室に戻した。
さて、本格的に暇になってきたな。宿題でもしようかと考えてみたが、あれは昨日の夕方にハルヒにせっつかれて、部室でやったんだった。おかげでいつになく自信に満ちた解答が並んだが、疲れは通常時の二倍ほどだったと記憶している。
何をしようか。携帯を手にとってぷちぷちと操作するが、こんなときにメールを送る相手が想像つかない。国木田は忙しそうだし、谷口はなんとなくイラつくし、長門や朝比奈さん、ハルヒは勿論却下。古泉は論外だ。
こう言うときに近くに名前がいたら、と思う。話し相手になるのは勿論、色んな話題を提供してくれただろう。俺だって宿題に限らず、勉強でわからないところがそれとなく聞けたりしたはずだ。ぶちぶちと愚痴のようなことを考えながら、俺は携帯をソファの上に放り投げた。
ていうか、買い物って何だよ。いそいそと準備をして、なんだか浮き足立ったように出て行ったが。相手は誰なんだよ、男だったら承知せんぞ。
そんなことを考えて、俺は父親かとげんなりした。しかし、面白くないことには変わりない。雨は降り続けているし、もしやこれで相手が男であれば、僕の家に来ない?的な展開になり、俺が想像するのもおぞましい狼的展開に流れていくのも時間の問題になってしまう。

それはいかん!
とばかりにソファの上の携帯を引っつかみ、目当ての人物の電話番号を呼び出し、通話ボタンを押した。しばしの沈黙の後、コール音が響く。ぷるるる、ぷるるる。ぷるるる、ぷるるる……おかしいな。音が二重になって耳に聞こえてくる。
故障したかな、と耳から話すと、二重に重なっていた音がふたつに割れて、一方は遠ざかって、一方は近づいてきた。ばたん、と何かが閉まる音がする。

「ただいまあー」

玄関のほうから声が聞こえて、俺は反射で電源ボタンを押した。強制的にコール音が消える。すると、二手に分かれていた音も一瞬にして消えた。きょーんー、と間延びした声で呼ばれ、立ち上がる。よれたスウェットが手首に纏わりついた。

玄関には予想通り名前がいたが、その姿は全然予想していたものではなかった。ぐっしょりと濡れそぼった全身。髪の毛は頬に張り付き、服もぺったりと肌に密着し、色を変えている。ぱたぱたと散る水滴をあーあ、と言った瞳で見つめながら、名前はゆっくり顔を上げた。

「……えと、ただいま。電話してきたでしょ。どうしたの?」

「いや………、たいした用事は……。ていうか、待ってろ。タオル持ってくるから」

濡れっぱなしの名前をこのまま放置するわけにはいかない。即座に風呂まで駆け込み、バスタオルを一枚と普通のタオルを二枚とって戻った。バスタオルを全身に巻きつけ、普通のタオルを名前の手に持たせ、残ったもう一枚で頭を拭いてやる。まずは風呂に入れることが先決だなと考え、靴を脱ぐよう指示した。
生乾きの髪の毛は勘弁してもらうしかない。多少濡れたがまだ乾いた面の残っているタオルを床に敷き、足を拭かせる。下着やら何やらを取らせ、そのまま風呂に直行させた。




「出たよー」

気の抜ける声を出しながら居間に入ってきた名前をみとめて、おう、と小さく返事をする。ちょいちょいと手招きをして、ソファの上に座らせた。そのまま持っていたタオルを奪い取って、髪の毛を拭いてやる。名前は最初こそ遠慮がちに俺の手を掴んでいたが、途中からは気持ちよさそうに目を細めてじっとしていた。

「今日、どうしたんだ」

「どうしたって?」

「買い物。てっきり俺は、夕方に帰ってくるもんだと」

今更だが、現在の時刻は四時前。遊んで帰るには随分と早い時間だ。名前はああ、と短く呟いて、あのね、と続けた。

「雨が強くなったし、天気予報を見たら止むかどうかもわからない状況だったしさ。買いたいものは買ったし、一緒にいた子の家も遠いしで、解散しようかってことになったの」

「傘は」

「忘れた……」

嘘に決まってるだろう。お前はいっつも外出するときに、小さい折り畳みを持ってるじゃないか。の意味をこめて睨んでみた。

「…………一緒にいた子に、貸した」

「正直でよろしい」

くしゃ、と乱れた髪の毛をまた再びくしゃくしゃにしてやる。やめてよう、と名前は嫌がったが、面白かったのでもっといじってみた。しかし気になる点はまだ残っている。一緒にいた奴が、男か女か。
だがこれを聞いて、もし理由を聞かれたらどうしたらいいのか。別に、なんとなく、と答えてもいいが、そろそろいろんなことに気付いてほしい気持ちも半々で、いまいち判断がつきかねる。
そのまままごまごと口を閉じたり開いたりしていると、急に名前が振り返ってきた。

「うお」

思わず口にして、数センチの距離をとる。古泉の言うところの顔が近い、よりは遠いが、十分すぎる近さだ。思わず心臓がドキドキと脈を打ち始めるが、その恥ずかしさをカバーするために、タオルを剥ぎ取って顔面に被せた。

「なにすん!」

の、と言いたかったんだろうが、あいにくふごふごしていて聞き取れないぜ名前よ。
このまま顔に押し付けていたら窒息させてしまいそうだったから、若干の隙間を空けてやる。ばかー、と言いながらもがく名前の手が、俺の手に重なった。勿論そりゃ偶然だろうし、そもそもタオルを剥ぎ取りたかった名前からすれば、俺の手に触れてやめさせるのが一番だとは思ったのだが、不覚にもその行動に心臓が跳ね上がってしまい、俺はびくんと指先を派手に震わせてしまった。
幸い名前は気付いていないが、これ、別の恥ずかしさがあるな。少女漫画みたいじゃないか。ちなみに委細説明をするには色々と憚られるが、「あっ……」とか言ってドキンと効果音がつき、頬を赤らめるのが先ほどの俺である。おい、逆だろ。

「キョン、苦しい!」

「あ、ああ。悪い」

「もー、何すんの!」

怒ったような、事実怒った表情で俺を見上げた名前は、俺の顔を見て突然しゅんと表情を切り替えた。どうしたのキョン、顔真っ赤だよ。何かあったの?と、いらん時にやたら気遣ってくるこいつは、本当に何もわかっちゃいない。

「……知らん!お前なんかもう、知らん!」

「はあああ?何いきなり言いだすかな君は!」

ヤケになってタオルを放り投げると、名前が呆れたように大声を出す。雨音に負けないくらい強い声で密やか且つくだらない口論をしていると、先ほど俺が放り投げたタオルが、重力に従って名前の頭の上に落ちる。
ぷ、と噴出した俺に今度こそ腹を立てた名前が、このお!とのしかかってきた。ばかにするなと笑いながら怒鳴る名前。上に乗った小さな重みに不謹慎ながらも動悸を覚えつつ、俺は気の抜けた笑顔を浮かべた。






雨の日は君と







子本さん、
リクエストありがとうございました!






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