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いっしょにいこう


最近、おいしいジェラートの店が出来たそうだ。そうだ、と言うのは小耳に挟む程度に聞いたものだから、聞き間違えかもしれないし、そもそもどこにあるのかもわからないから曖昧な言い方にしている。
行ってみたい、ような気もする。すっかり暑くなってしまった今日この頃、冷たいジェラートを食べてのんびりするのもいいじゃないか。うん、いい。普通のアイスよりジェラートが食べたい。今の気分的に。
だけど。

「……キョン、ジェラートとか食べる気ない?」

「はあ、なんだ急に」

「食べたい………」

「勝手に食ってなさい。俺は今日午後から補習があるから、多分ついていってやれそうにない。悪いな」

キョンの部屋の机にへばりついて呟く私に、キョンは本当に申し訳無さそうに言って私の頭を撫でた。大きくて少しあたたかい掌が、ふわふわと2回頭の上を行き来する。
別に、キョンが悪いわけじゃない。ただ私が食べたいだけなんだから。ていうか君、補習か…。何に引っかかったんだろう。数学か英語か。

「うるせい。仕方ないだろう、俺だって参加したくない」

「なんとやらが蒔いた種……」

「やかましい」

頭の上をそっと撫でていた手が、ふっと浮いて勢いをつけて落ちてきた。ズガン、といい音がして脳天が凹む。いや、実際に凹んだわけではないけど気分的に。
ぷりぷりと怒りながらも、キョンは「ハルヒに言ってみたらどうだ」と言って指先を私の携帯に向けた。

「何言ってんの。今日はハルヒが用事あるから不思議探索中止って言ってたじゃない」

「あー……、ああ、そっか」

すっかり頭は補習のことでいっぱいだったらしい。
じゃあダメだな、朝比奈さんはどうだ?と問いかけるキョンに、私はまた眉根を寄せる。みくるちゃんは鶴屋さんと遊ぶって言っていた。じゃあ古泉。古泉くんはなんとなく誘いにくい。ああ確かに。
キョンはポンと手を打つ。

「そうだ、長門がいるじゃないか」

「……有希?」

「ああ。あいつならきっと、一緒に行ってくれるだろうよ」

有希。有希かあ。一緒に行きたいのは山々だけど、彼女がジェラートを食べに行くことに了承をしてくれるだろうか。忙しそうだし。いや、でも、2人きりで遊んだこととか、ないし。どうしよう、うずうずしてきた。

「ほら、行ってこい」

「うん!」

キョンに背中を押されてあっさり部屋から飛び出す。背後でキョンが、苦笑を漏らした気配を感じた。




見つめてくる双眸は宇宙に似ていた。
電話をかけ、今どこにいるのかを聞き、いつもどおり、図書館の隅っこで本を膝の上にのせてじっとしていた有希を見つけ、話を持ちかけた次第である。

「ジェラート」

「そう」

「イタリア語の語源で凍ったの意味を持つ氷菓」

「あ、そうなの?」

「一般的なアイスクリームに比べ空気含有量が35%未満」

「え!すごい」

「比較的低カロリー、女性に人気」

「ダイエットにいいね!」

「………してるの」

首をかたんと傾けた有希を見下ろして、私はえ?と聞き返した。え?ダイエット?してませんけど。もうすぐ肌の露出が激しくなるのはわかってますけど。ダイエットしてませんけど。大事なことなのでもう1回。ダイエットしてません。

「……いや、ダイエットしてるからジェラートが食べたいわけじゃなくてね…?」

「………」

「一緒に、行かない?」

「どこに」

「じぇらーとやさん………」

空気の読みすぎで逆に読めていない有希に、私は半ば泣きそうになりながら再び口にした。一緒に、行かない?という言葉。有希は興味があるのかないのか、無関心に見える瞳を私に向け、数回瞬きをする。
じぇらーとやさん、と私の言葉を反復した有希に、私はこくこくと頷いた。ていうか今更気付いたんだけどその店がどこにあるのかわからない。インターネットで調べようかな、調べて出てくるかな、なんて思っていると、私の考えていることを読んだかのように、有希がぽつりと呟いた。

「比較的付近に一件のジェラート店がある。ここから徒歩十五分。二週間前に開店したばかりで人足が途絶えない」

「あ、そ、そこ!行かない?」

今の間に頭の中でジェラート店を探してくれたんだろうか。もう何度目になるかもわからない、行かない?の台詞に、有希は数秒思案するような顔をした。いやそう、かもしれない。そりゃそうだ。何が好き好んで、私と一緒に2人きりでジェラート店に行かねばならないのか。ハルヒの観察だって忙しいのに、私が手をわずらわせちゃだめだよね。あ、泣きたくなってきた。

「ごめん、やっぱり、い……」

「行く」

「………え?」

有希は隣の椅子の上に置いていた鞄を取り出し、その中に文庫本を2冊ばかりしまいこむと、重量を感じさせないように手に持って、私を見上げた。宇宙みたいな双眸が私を見つめる。いかないの、と小さな声で問いかけられて、急いで鞄を肩に掛けた。

「い、行く!行きますとも!行こう!」

「……」

こくりと頷いた小さな頭に、一瞬抱きつきたい衝動に駆られた。本当は有希が嫌がってるんじゃないのかとか、そんな懸念は残っていたけれども。
いつもとは違う平坦なコンクリートの上を歩きながら、ジェラートの豆知識を教えてもらった。カルシウムとビタミンB2とビタミンAとビタミンB1が入ってて女性に優しいとか。歩く百科事典と表しても怒られないはずだ。あっという間の15分、真新しい白い壁を見上げながら、2人そろって店内に入る。

「ええと、有希は、何にする?」

「………あなたは」

「え?私?えー……何にしようかな…」

やはり人が多いぶん、さっさと注文をしてさっさとディスプレイの前から避けたほうがいいだろう。こういうときにさっと決められない自分の性格に嫌気がさす。
隣の有希をちらりと見ると、有希もこちらを見ていた。咄嗟に視線をそらして、その瞬間に目に入ってきたものの商品名を口にする。

「あ、私、カシスヨーグルトで!」

「かしこまりました」

有希は私を見て、それからディスプレイにのろのろと視線を移して、小さな声で「……緑茶を」と呟いた。店員がかしこまりました、席でお待ちくださいませ、と言って、2人で開いた席に座る。
そう時間もかからないうちに、忙しいだろうに女性の店員が2つのジェラートを持ってやってきた。ちゃんと私たちの顔を覚えているのか、迷いもなく有希に緑茶のジェラートが差し出される。
私の手に渡ったカシスヨーグルトが、甘い香りを発した。

「……いただきます」

「……いただきます」

思わず呟いた私を真似するように、有希が呟く。会話の発展しない相手だというのに、それは嫌じゃなかった。もそもそとジェラートを食べることに必死になっていると、ふいに薄い緑のジェラートがこちらに傾けられる。

「え?」

「………ひとくち」

どうぞ、という意味なのだろうか。
慌てふためきながらも、ありがたくいただいた。さわやかで、ちょっと甘くて、でもさっぱりしてておいしい。お返しに私もカシスヨーグルトを傾ける。いつもなら何でもぱくぱくと食べてしまう有希が、今日はもったいぶるようにちまちま食べるのが可愛くて仕方なかった。

「おいしい?」

返事はなく、かわりに首肯が返される。夢中になっているのかもしれない。私もおいしかったよ、と言うと、有希はそっと顔を上げて、一瞬だけ目を細めるような仕草をした。笑っ、た?
――気のせいか。

「……そう」

その言葉を皮切りに、今度こそジェラートが溶けないうちに食べきるべく、会話が途切れた。ワッフルコーンまでしっかり食べて、満足した後唇を舌で舐める。あ、キョンがいたら笑われてただろうな。
食べ終えたら、すぐに店を出た。ありがとうございました、の言葉を背中に受けながら、自動ドアを抜ける。有希はどこかぽおっとしたまま、店の看板を見ていた。

「……気に入った?」

「…………」

わからない程度の頷き。

「よかった。迷惑かけたけど、気に入ってもらえて」

「……どうして?」

へ?間抜けに口をあけた私に、有希が真面目な視線を向けてくる。どうして、って、どういう意味?わけがわからないままぽかんとしていると、有希は気にしていない様子で続けた。

「わたしは、あなたと一緒にここに来たことを迷惑だとは思っていない。迷惑だと思う必要性を見出せない」

「へ………」

「人間の感情で言う所の、嬉しい、に分類されるものと思われる。…嬉しかった。」

それだけ、と言って背を向けて、さっさと再び図書館に向かって歩き出す有希を、しばらく私はぼうっと見ていた。口をあけたまま、放心していたのかもしれない。数秒たってはっとして、大きな声で、周りも気にせず、待って、と叫んだ。ぴたりと歩みを止めて、振り返った有希に追いついて、隣を歩く。一緒に図書館に行ってもいい?と問いかけると、有希はやはり読めない表情のまま、けれどしっかり、頷いた。
嬉しくて表情筋が緩みっぱなしだ。

絶対にまた来よう、有希と一緒に。あわよくば今度は、皆で。





いっしょにいこう







むいさん、
リクエストありがとうございました!






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