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Morsdag


母の日である。
世間一般で言う、母の日。マザーズデー。最近はどこの店に行ってもそれ系統のものばかりが店頭に並び、赤い色が目立つ。本来母の日を普及する元になったのは白いカーネーションなんだがな。
それをぼんやり見上げながら、俺は昨年以前に母に渡した物品を思い浮かべてみた。あまり古い記憶までは残っていないが、四年前がミトンで、三年前がエプロンで、二年前が台所セット、一年前がハルヒたちにせっつかれて買ったケーキとUVカット手袋とメッセージカード…だったかな。進級して二年になった今でも、母に何を送ればいいのか見当がつかない。毎年無難なものを選んでばかりだったものだから、去年は俺の心の負担がかなり減った。何を言わずともハルヒたちが選んでくれたからだ。まあ最終的に決めるのは俺だったが、選択肢を用意されるだけでもありがたい。
今年はハルヒがいくらか「こんなのがいいんじゃない?」とヒントを与えてくれたのだが、いかんせん婦人服とか、そんなものは俺の目測でははかりきれないものばかりだった。俺のセンスと母のセンスが必ずしも合致するわけではないし。
しかしハルヒは今度は自分でちゃんと考えなさいよ、と言って、それ以上は助け舟を発進させてくれなかった。ゆえに、俺は今途方にくれているわけだ。
ここは少しばかり大人ぶって花束でも用意するか?…いやいや、そんなキャラじゃないでしょと一蹴されて終わりだろうよ。妹は妹で毎年物品のかわりに家事手伝いをしているから、俺がそれをすることはできない。

「待てよ」

名前はどうする気だろう。あいつのことだから、絶対に俺の母に何かを準備しているであろうが、俺は何も聞いていない。秘密裏に準備しているのか、もしくは俺と同じように悩んでいるのか。
もし悩んでいるのなら、二人で買い物に出かけるのもいいかもしれない。そうと決まれば即行動、俺は名前の部屋まで足を向けて、軽いノックをした。

「はーい」

中から出てきた名前を通り越して部屋の中を勝手に見るが、プレゼントらしきものはどこにもない。何見てんの、と顎を叩かれたが気にせず部屋にお邪魔する。どうやら外出する準備をしていたらしい、服と鞄が机の上に置かれていた。

「出かけるのか?」

「うん。母の日のプレゼント、買おうと思って」

ちょうどバイト代入ったしね、と言って微笑んだ名前を見下ろして、俺は一言呟く。

「俺も行く」

え、と驚いた名前だが、決して嫌がりはしなかったので、図々しいとわかっていながらも自室で着替えて一緒に外へ出た。なんてったって当日だ。準備する期間は今日ぎりぎり。多分妹と一緒に父が料理を作るだろうから、それが完成するまでには帰らなければ。
名前はハルヒから、「キョンのプレゼント選びに付き合ったりしなくていいんだからね!」と言われていたらしい(いらん根回しをしやがってと思った)。だから内緒ね、と言った顔が可愛かったので、この内緒は墓まで持っていこうと思う。
のんびり歩道を歩いていると、

「ねえ、キョン。私、おばさんにプレゼントあげてもいいのかな?」

と、隣を歩いていた名前が急に不安そうな声を上げた。……今更何を言ってるんだこいつは。
けれど、そう茶化そうにも名前の顔はわりと真面目で、からかう雰囲気ではなかったので、俺は手を伸ばして頭を撫でてやった。

「いいに決まってるだろう。オフクロも喜ぶ」

親代わりと思ってくれていいからね、とまで言っていたのだ。そんなのを気にして何もしないほうが、ずっと駄目だろう。名前は安心したように目を細め、ありがとね、と言って俺の服の裾を引っ張った。
和んだ空気のままデパートに向かい、母の日の特設コーナーに向かう。やはり人が多い。カウンターで必死に包装をしている店員を横目で見ながら、何がいいか話し合った。やはり女の子だからか、俺よりもずっとどんなものがいいのかとか、オフクロの好みはこんなのだとか、よくわかっている。まるで本当の娘のように。
俺は最早数撃ちゃ当たる、みたいな精神だったから、名前がこんなのがいいかも、とか言う言葉にいちいち従っていた。しかし頷いてばっかりで自分の意見を何も言わない俺に怒ったらしく、キョンも選んでよ!と言われたので、もうヤケクソで地下の花屋に向かう。イベントデーのおかげで花屋の入り口が真っ赤だった。一本がこんなに高いのか、と半ば愕然としながら、俺は店員に花束を作ってもらうように頼んだ。もうヤケだヤケ!

「ありがとうございます。母の日用ですか?」

「…そうです」

それ以外にあるか!――と言ってやりたい衝動を抑えて、引きつった笑顔を浮かべた。
店員は何がそんなに楽しいのか、無駄にニコニコして俺と名前を見ている。赤く色づいた花が綺麗な包装紙とビニールで包まれて、リボンでコーティングされていくのをぼうっと見ていると、もう一人の店員がやってきて、うふふ、と微笑んだ。……なんだこのいやらしい笑み。

「ふふ。花屋がこんなこと言っちゃだめですけど、お母さんにとって最高のプレゼントはやっぱり、お孫さんだと思いますよ」

「………、………。…………!!?」

たっぷり数十秒かけてその言葉の意図を読み取り、俺は一気に赤面した。何をどう思ってどんな誤解を受けたのかはわからないが、とにかく俺と名前が夫婦、もしくは恋人同士に見えたらしい。運悪く俺は両手をポケットに突っ込んでいたし、名前も名前で左手を包み込むように手を組んでいたから、指輪を嵌めてもいないことにも気付かれなかったのだろう。
違います、と必死に否定するのも面倒なので、そうですねハイハイと流せばいいものの、赤くなってしまった顔を悟られたくないので、適当な生返事しかできなかった。名前がどんな顔をしていたのか、俺は知らない。




結局名前はラフに着ることのできるワンピースで、俺は花束、二人でケーキを買って家に帰った。既に夕食の準備は始まっていて、俺たちは各々のプレゼントを夕食が終わってから渡そうと言って隠した。
ケーキばかりは冷蔵庫に入れなければいけないから必然的にバレるのだが仕方がない。ケーキ買ってきたから、と言って、俺も名前も準備を手伝う。
妹が大きくなるたびに母の日の夕食のクオリティも上がりつつある。素晴らしいことだ。
今日ばかりは母も自分の仕事を放棄して、幸せそうに俺たちの様子を見ている。
谷口は毎年プレゼントを用意するのも面倒だから、と肩たたきや家事手伝いをしているそうだが、それはそれで面倒なものがあると思うんだが。まあ、人それぞれだろう。ふいにSOS団全員の顔が浮かんできたが、まともに母の日を過ごしそうなのはハルヒくらいしかいないことがほんの少しだけ、切ない。

テーブルの上に並べられた食事を平らげ、ケーキを取り出して切り分けた。カーネーションを模った赤い砂糖菓子は勿論母のケーキの上に。イチゴ系のものをふんだんに使い込んだ、赤とピンクのちょうど境目みたいな色をしたケーキが、各々の胃の中に消化されていく。
あまり糖度の高くないものを選んだおかげで、俺にも難なく食べることができた。コーヒーは念のため無糖にしておいたが。
それを食べ終えた後は、まずは父が、あまり度の高くないワインをプレゼントした。それだけでもう嬉しそうな母を見ていると、名前からのプレゼントを受け取ったら感極まって泣くかもしれない、なんて思う。
俺の花束、それから名前のワンピースを受け取って、案の定泣いてしまった母を見て、名前までもらい泣きしてしまったのを俺は見た。
ありがとうね、ありがとうねと言ってくれるその様子を見て、本当にプレゼントを用意してよかったと思う。
しかしその直後、母はいらん爆弾を落としていった。

「あんたたちが結婚してくれるのが一番のプレゼントかもねえ」

……アホか。まだ結婚できる年じゃねーよ。

と考えて愕然とした。――そういう問題じゃないだろう、俺!






Morsdag






紀一さん、
リクエストありがとうございました!






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