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すきなこどのこ


ぐしぐしと泣いてしゃくりあげる小さな体を見ていたら、いたたまれないのにいとおしい気持ちがぐつぐつと湧いてきた。
顔は真っ赤で動きもふらふらしていて覚束なく、言動も子供っぽくて舌足らず。何が自分のツボにはまったのかはわからないがとにかく心臓が締め付けられるような、何かを覚える。

「きょん、きょん、きょんん」

涙を拭ったり声をあげたり、恐らくは自分でもどうしたらいいのかわからないのだろう。考えるところは突き詰めるくらいまで考えるやつだから。両手を伸ばして腕を広げ、決して強制ではないように優しい声音で言い被せる。

「わかったから、ほら、こっちこい」

ぐしゅぐしゅの顔を怪訝なそれに変えてから、合点がいったように俺の胸に飛び込んでくる。高めの体温が胸に溶けていいくらいになった。脇の下から背中に回された腕が、必死に縋りつくように服を掴む。皺になるのも今は気になりはしない。存分に甘えて、存分に頼ってほしい。俺だって俺にできるかぎりならどろどろに甘やかしてやりたいし、力になれるのならば持ちうる力を使い果たしてでも協力してやりたいと思う。

「きょん、っく」

言葉は持たないで背中を撫でることに徹する。
幼い子供なんてものは撫でられたり背中をとんとんと軽く叩かれると落ち着くらしい。あるいは心臓の音とかで安心するんだと。その両方を実践してみたわけだが、果たしてこいつは両方ともに効果が現れるだろうか。
とりあえず俺は現状説明に努めるべきだと思うので、ここらで簡単な説明をしておく――、まあ、簡単なことだ。名前がクラスの女子から相談を持ちかけられた。恋愛のことだ。それで相談を受けている間に、名前ちゃんは好きな人はいないのかと、好きな人は俺かあるいは古泉ではないのかと、そうでないのならば誰が好きなのかと問いかけられたわけだ。俺と名前はわりかしスキンシップ過多で、SOS団に所属している以上必要以上に接触するものなのだが、そのせいで誰が好きなのかわからないから教えてくれと言われたと。別に教える必要性もないからいいんじゃないのかと思ったのだが、いかんせんこいつは変なところに真面目であり、自分のしていることが不真面目あるいは不誠実ではないのかと悩んだわけだ。
そして知恵熱が出た。以上。

「ふっ、うええ、きょん、きょんん」

「あー、よしよし」

悩むほどに自分の気持ちがわからないということは、好きには直結しないということだろう。少なかれ好きだと思われているんじゃないかと俺は思うのだが、それは俺が名前のことを好きだからそう思っているだけで、実のところは全くそんなことはない、可能性もある。
好きな女を抱きしめているが必死にそれ以上のことはしないように、我慢している俺を誰か偉いと褒め称えてくれないだろうか。くれないだろうな。俺結構役得だもんな。
泣きはらした瞼が痛々しそうだ。知恵熱が出て、ただでさえパンパンだった思考回路がショートしたらしい。さっきから子供のような言動や行動をしては泣いて、ずうっと俺の名前を呼び続けている。飼い主がいなくなったときの犬みたいな感じだが、実際に犬の立場に立たされているのは俺だろう。かなりのおあずけ状態だ。
まあ実際には知恵熱は乳児に見られる発熱であるから、こういうときに使用するのは間違っているのだが、今の名前は手のつけようのない乳児同様であり、言葉もしっくりくるから別にいいだろう。撫でても撫でても落ち着かない。

しかしあれだな、ちょっと幸せだな。いくら相手が自分の気持ちもよくわからないと言っても、俺は俺でこんなことができているわけだし。普通片思いっていうもんは、話したいけど話せない!みたいな葛藤とか、今日はあの人と挨拶ができたわみたいな乙女思考とか、とにかく甘酸っぱい感じだと思っていたのだが、俺は結構片思いにしてはスキンシップも出来ているし、まあ甘酸っぱいかと聞かれれば甘じょっぱいのだが、当たり前に話は出来ているし、ていうかそもそも一緒に住んでいるし。
古泉が名前にそれなりの好意を持っていることは知っているが、ぶっちゃけ俺のほうがチャンスがあると言えばある。そりゃ古泉のような美形ではないし長身でもないし、運動も勉強も平均的かそれ以下だが。
でも地の利を生かすのはいい手段だと思うんだ。そういう利点をだな……って、今考えることではないな。

「っふえ、きょん、わ、わかんないよお」

「うん、そうだな」

「わたし、だれがすき?すきなのかなあ?」

俺が知りたいわ。

多分、正常に戻ったときには自分が吐き出した発言の八割は忘れてるんだろうな。それほど、いつものこいつらしからぬ取り乱しよう。取り乱している姿を見るのはそれはそれで新鮮なのだが、やっぱりいつものような笑顔で、俺をちゃんと見て名前を呼んで欲しい。
触れるたびに、触れてもらうたびに、欲求が増えていくのはもうどうしようもないことだ。俺はストイックなほうだと自負していたのだが。人間は欲張る生き物だからな…と軽くまとめてみたところで、今の俺が恰好つくわけでもなし。

「あたまいたい、ねむいよう」

「よしよし、寝ような」

ちょうどいいところに俺のベッドがあるし、そこで寝かせてやろう。正直このなきむしを部屋まで運んでいくのは辛い。部屋で泣かれているからいいものの、廊下で泣かれでもしたら妹にあらぬ誤解をされそうだ。
俺の太ももに乗っかっている太ももをそのまま持ち上げて、ベッドまで運ぶ。とくに抵抗することもなく首に引っ付いてきた(もう正直このままでいたいと思った)名前をベッドに横たえて、薄いタオルケットをかけてやる。
頭が痛いと言っていたから後頭部あたりを撫でてやると、しゃくりあげる音が少しだけ和らいだ。

「きょん、きょん」

「うん?」

「わたし、みんな、みんながすきだよ」

「…………」

論点が若干ズレている気がしないでもないが、まあいいか。
これで古泉くんが好きだよなんて言われた日には俺はあらゆる武器を持って古泉宅に駆け込まざるをえない。
結局俺を混乱させるだけさせて眠ってしまった名前の額を軽く小突いて、俺もベッドの端っこに頭を乗せて眠った。

少しでも距離が近づいたらいい。次は真正面から、キョンが好きだよと、言ってもらえるように。






すきなこどのこ






千倉さん、
リクエストありがとうございました!






あきゅろす。
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