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宵闇





ためらいながらもメイは言った。

「Kさんが…したいなら…」

顔が赤くなって恥ずかしいメイは、少し下を向いた。
すると、Kはテーブル越しにメイのあごをつかみ、クイッと上を向かせて…

「!」

静かに唇を重ねた。メイは一瞬驚いたが、その後はドキドキした。

しかし、ふと嫌な記憶がよみがえった。

「…っや…!」

ファイの記憶。好きなようにもてあそばれて…笑うファイの声が頭の中で響く。
その記憶のせいで、Kを突き放してしまった。

「メイ…?」

「!」

Kの声にハッとした。

「あ…ごめんなさ…」

なぜか手が震える。それを見たKは、何も言わずに隣に座って頭を抱き寄せた。

「いい…俺が悪かった」

Kの声に力がない気がしたメイは、心の底から謝った。

「ごめんなさい…」

まだ震えは止まらない。
でも、耳元でKの心臓の音を聞くと、少し気分が落ち着いた。
Kは少し考え込んでいた。やりすぎたんじゃないか…と。

気分が落ち着くと、メイはゆっくりとKの顔に手を伸ばした。

「…どうした?」

ほほに触れると、Kが手を上からつかんだ。
そして、メイは手でKの顔を撫で…手が唇に触れると、そのまま顔を近づける。

「!」

一瞬、唇が触れるとメイは恥ずかしくてすぐに離した。

「メイ…」

メイはゆっくりと目を開けた。顔は赤かった。

「こうして触ってれば…ちゃんとKさんだって…わかるから…」

「メイ…」

「見えなくても…ちゃんとわかる…」

Kはメイをきつく抱き締めた。

「…Kさんの匂いも…わかる。そうすれば…平気」

メイもKの背中にしがみついた。
広くて、安心する背中に。

Kも腕の中にすっぽり収まるメイがかわいくて、壊れそうなくらい抱き締めた。
そして、耳元で言った。

「…成龍(シンルン)」

「え…?」

「俺の生まれた時の名前。Kを名乗る時に…捨てた名前…」

生まれながらの決まったレールのに乗るための名前。Kは15歳を越えてから名乗ったことはなかった。
メイはKの声がいつもと違うので、ちょっと心配。
ぎゅっ…と更に強く抱き締めた。

「ご両親は香港スターのファン?」

「そうかもな」

Kがちょっと笑った。メイはホッとした。

「でも…メイには呼んでほしい…覚えててほしい…」

「…はい」

「シンでいい。2人のときは…そう呼んでくれ」

メイは優しい声でKの耳元で言った。

「シンさん…」

「違う…シンだけでいい」

「…シン」

穏やかで…幸せな雰囲気が2人を包んでいた。









数日後、テラスでクラシックを聞いているメイに近づく足音。

「メイ」

Kだ。足音だけで、メイはもうKがわかるようになった。

「どうしたんですか?今日は遅いって…」

声のする方をメイが向きながら話すと、Kの声が少し楽しそうに感じた。

「メイにプレゼントがあってな…」

「私に?そんな…いっぱいもらってるのに…」

「一番嬉しいと思うぞ」

Kが合図すると、2人の男が誰かを連れてきた。

「ちょ…触るな!」

「!」

うるさい女の子の声。

「あんたら誰!?ここどこよ?」

メイはこの声に聞き覚えがあった。声のする方を見て泣きそうになった。
それを見たKが優しく笑って、背中を押した。

テラスから部屋の中へ。

「麗蘭」

メイは暴れる女の子の声のする方に声をかけた。

「メイ…!放せオヤジ!」

まぎれもなく麗蘭だ。嬉しくて手を伸ばすと、麗蘭が走りより、抱きしめてくれた。

「メイ!よかった…」

「麗蘭…会いたかった」

「心配したんだからね!」

「うん…」

怒りながらも麗蘭の声が震えていると、メイはぽろぽろ泣いた。









「じゃあ、メイ…後はゆっくりするといい。俺は明日まで戻らない。夕飯は2人で外で食べるといい」

「はい…」

Kはメイにお金を手渡す。
まるで姫と王子のようなやりとりに見とれる麗蘭。
すると、王子のように美男子のKが麗蘭に笑顔を向けた。

「手荒なことをして悪かった。明日には送るから」

「は…はい…ありがとうございます」

麗蘭が深々と頭を下げると、Kはそのまま出かけようとするので、メイは慌ててKの手をつかんだ。

「あ…待って!」

「?」

「ありがとう…Kさん」

すると、Kはクスッと笑った。

「どういたしまして…」

「いってらっしゃい…気をつけて」

メイが手を放す。

「………。」

すると、Kがメイの手をつかんで自分のほほへ。

「Kさ…!」

メイが驚いていると、Kの唇がメイの唇に触れた。

「行ってくる…」

「…はい」

メイは恥ずかしくてちょっとうつむいた。Kが頭を撫でる。
そして、男達を引き連れてどこかへ行った。










テラスで紅茶を飲みながら、2人でくつろぐ。

「メイ、あの人誰よ?」

麗蘭が食い入るように聞いてくる。

「誰って…Kさん」

「K?本名なの?」

「違うけど…」

「何してる人?すっごい美男子だけど!」

「…聞いたことない」

改めて、Kのことは何も知らないんだ…と感じた。
すると、麗蘭はあきれ顔。

「メイ、何も知らない男と同棲してるわけ?」

「同棲って…ほとんど家にいないし…」

「でも一緒に住んでるんでしょ?」

「…一応」

「じゃあ同棲じゃない!男といなくなったなんて信じられなかったけど、本当だったのね!」

「!」

麗蘭が怒り気味に言ったことにメイは驚いた。おばさんは麗蘭にきっとそう言ったのだ。

「しかも、香港島のこんな都会に!」

「!…ここ…香港島なの?」

メイは初めて知った。船に乗ったような気はしたが、まさか聞いたことしかないような土地に自分がいるとは思わなかった。

「あたしもビックリしたわよ。ほとんどラチられたようなもんだし」

「そっか…ごめんね」

しゅん…と落ち込むメイを見て麗蘭はいつもの調子で明るく言った。

「ま、メイに会えたからいいけどね」

「麗蘭…」

「よし!気前のいい男に甘えて、今夜は街に繰り出しますか!メイと外で食事とかしたことなかったしね」

「…うん!」







麗蘭とメイは、中華料理のお店へ。
屋台のような庶民的なお店だ。

「おいしー!」

麗蘭はおいしそうに青椒肉絲(チンジャオロースー)を始めとする色々な料理を食べまくる。
メイは自分のペースで食べた。

「でも、メイに会えて本当によかった」

「私も。ずっと麗蘭と話がしたかった」

楽しい会話をしていると、麗蘭がキッとそばに立つ男をにらむ。

「で、あんた誰なの?」

スーツで、まるでSPのような20代半ばの男がメイの2m先くらいに立っている。

「………。」

男は無言だ。麗蘭がムッとしたのがわかるので、メイは慌てて言った。

「この人は、出かけるとき必ずついてきてくれる人なの」

「は?」

「私、1人じゃ危ないからって…Kさんが出かけるときは連絡して連れて行くように…って。あまりしゃべらない人だけど…」

「ふーん…」

麗蘭が上から下までまじまじと見る。
背はそこそこ高く、短髪で黒髪。キッとしたちょっとキツめの顔。

「ま、いいや」

そう言うと、麗蘭は男を引っ張ってくる。

「な…!?放せ!」

男は驚いていた。
麗蘭とメイの間に座り、丸いテーブルを囲む。

「女だけもいーけどね」

「麗蘭っ…ごめんなさい迷惑じゃ…?」

メイが言うと、男は慌てた。

「そんなことは…!」

麗蘭がムッとした。

「あたしの時と態度違う…」

「当たり前だ」

男が言い返した。

「Kの大切なお方に失礼が許されるものか!」

「…あたし、その大切な方の大切な友達ですけど」

2人はにらみ合う。
なんとか場の空気を変えようとした。

「た…食べよ。そしたら飲もう!」

「…メイ、飲めるの?」

「だって18歳にはなったもん。行こう?えーっと…」

メイは男の名前を知らないことに気づいた。

「申し遅れました…グィンと申します。身辺警護はお任せください」



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あきゅろす。
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