宵闇
暗
メイは、Kが与えてくれた部屋に入る。
ベットも買ってくれたが配達は明日。まだ何もない部屋…。
「広い…」
前の手探りですぐ一周できる部屋とは違いかなりの広さ。縦横10mくらいはある。
でも一人でそんな広い部屋は寂しかった。
メイはまたリビングで寝ることにした。
「K…どこを見てるの?」
バスローブ1枚で窓際に立って、ホテルの最上階から夜景を眺めているK。
後から抱きつく劉の娘=レイリー。もちろんイングリッシュネーム。本名は明かしたがらない。
劉は、マカオ最大のカジノのオーナー。
「オアシスの眠る場所…」
Kはまっすぐ自分のマンションの方を見ていた。遠くて何も見えないが。
すると、レイリーが少し背伸びをしてKの首筋に後からキスをした。
「オアシスなら…ここにあるわ…」
「………。」
Kは鼻で笑いつつも、振り返ってレイリーにキスをした。
「…っくしゅ…!」
メイはくしゃみで目を覚ます。
なんだか寒かった。起き上がると、部屋の中も冷え込んでいた。
メイはとりあえず温まりたくて、コーヒーを飲むことにした。
豆の匂いがなんとも言えずに好きなメイ。
少しKの匂いに似ている。それほどまでにコーヒーを飲んでいるのだろうか。
「…苦い…」
メイは初めてのコーヒーを飲んで冷蔵庫にあるもので適当に朝食を作って食べた。
それからは何をしていいのかわからずに、考え込む。
とりあえず、掃除をすることにした。
洗濯機がないこの家。洗濯はどうしているんだろう…と考えたりしながら、掃除機を探した。
眠っているKのそばで携帯が鳴った。
起きるのがめんどくさかったKは、起き上がらずに手探りで携帯を探して出た。
「…何だ?」
『K様、ホテル前までお迎えにあがりました。例の男…マカオにて確保しました。本部で幹部たちもお待ちです』
「わかった…」
Kはめんどくさがりながら起きた。朝は苦手だ。
「……んー…」
隣で眠るレイリーはそのままに、出て行く準備を進めるK。
すると、また携帯が鳴る。今度は幹部からの催促だと思ってちょっとイラ立ちながら出た。
「だから今行く!」
Kが怒鳴ると電話の主は怯えた。
『あ…ごめんなさい…』
メイだった。メイはすぐに電話を切った。慌ててKは電話をかけなおした。
『………。』
電話は無言だったが出た。
「メイ?悪かった…急いでて…何だ?」
『いえ…たいした用事じゃないので…』
「気になるだろ…何だ?」
『でも…急ぐなら後で…』
「急ぐから早く言えよ」
『………。』
Kはネクタイを締めながらも、このやりとりがおもしろくて少し笑っていた。
『あの…』
「ん?」
『…っ…掃除機とかって、どこにありますか?』
「………は!?」
Kは予想外の質問に一瞬思考が止まる。
『掃除しようと思ったんですけど…何も道具が見つからなくて…』
…ぷっ…と吹き出すK。それから声を出して笑った。
「はははっ…全部、玄関脇にある物置の中にあるはずだ」
『あ…そうなんですか…』
「…ははっ」
Kの笑い声にメイは少し安らぎを覚えた。
初めてこんなに笑うKの声。
「K?誰ー…?楽しそうね」
「レイリー…!」
レイリーが目を覚ました。
眠そうにしている。
『!』
その声は電話越しのメイにも聞こえた。
体に衝撃が走る。
『あ…私そろそろ…ありがとうございました』
「待っ…!」
メイは急いでお礼を言い、電話を切った。
何だか胸が苦しかったメイは、感情がもやもやして気分が悪い。
Kのそばには女の人がいた。なんとなくそれが嫌だった。
「なんだろう…この感じ…」
メイは、誰かに嫉妬(しっと)なんかしたことがなく、この感情が嫉妬だなんてわからなかった。
気分を変えるためにも、メイは掃除をすることにした。
Kが切れた電話を眺めていると、
「あら…お邪魔したかしら」
レイリーが小悪魔のように言った。
「………。」
Kは無言だった。
すると、裸のままのレイリーが後から抱きつく。
「ごめんなさい…怒らないで。昨夜(ゆうべ)はあんなに楽しかったじゃない」
Kはからみつくレイリーの腕を振り払った。
「勘違いするな」
「!」
「お前は劉の娘だから相手してやってるだけだ。その方が仕事が楽になる。それじゃなきゃ誰がお前となんか…」
「何ですって…!?」
レイリーはひどくプライドを傷つけられたようだ。
「調子に乗らないで」
レイリーが本気で怒りながらKをにらむと、Kはクスッと笑ってレイリーの耳元でささやいた。
「昨夜とは別人だな」
「!」
「でも…今のお前、悪くない」
スーツのジャケットを手に取り、Kは部屋を出た。
残されたレイリーは、近くにあった枕を投げた。
「最低…」
レイリーは泣いていた。それでもKから離れたくない…と強く思っていた。
「K様、お急ぎください」
フロントの近くで運転手の男が待っていた。
Kは、サングラスをかけて、車に乗り込む。
そんなKの美形ぶりにみんなが振り返る。
「わかってる…幹部はみんなそろったのか?」
「はい。ですが、新界支部長のジェイと捕まえたリックは一触即発の状態です」
「…あいつは昔、リックに女を奪われたらしいからな…殺すなとだけ…言っておけ」
「かしこまりました」
ビジネス街のとある大きなガラス張りのビルの前に車が停まる。
「…お待ちしておりました」
車のドアが開けられ、Kはビルにまっすぐ歩く。
このビルは龍成会のビル=Kのもの。
「…リックはやはり…華火組の幹部の始末をしくじったようです…」
エレベーターで会議室へ。
「そうか…」
会議室にKが入ると、みんなが立ち上がる。幹部だけで総勢12名。
真ん中から入り、すぐにイスに座り、両サイドにいる幹部に言った。
「待たせた。座ってくれ」
Kが言うと、みなが座る。
すると幹部の付き人たちが、慌ただしくカーテンを閉めて大画面のテレビをKの正面になるように運んでくる。
「K、劉の協力あって…だ」
Kの一番近くに座る金の短髪、両耳にピアスだらけのジェイがそう言いながら、テレビの電源を入れる。
そこに映し出されたのは、地下で拘束されているリック。
茶髪に長髪の30代くらいの男。
「どーする?殺(や)っていいか!?」
Kに言ったジェイだが、Kは無視して目の前にあるマイクで、リックに言った。
「リック…なぜ逃げた?」
「!」
リックはスピーカーから聞こえるKの声に反応して、座らされたイスから降り、床に手をついた。
「その声はK!?申し訳ありません。ですが、聞いてください!」
「………。」
「私は確かにシグを殺(や)れませんでした…ですが、代わりと言ってはなんですが…K、あなたの暗殺計画の存在を知りました」
「!」
「それで探っていたのです」
ジェイはキレたように机をたたき反論。
「ふざけるな!お前はシグを殺しそこねたんだ…死に値する」
「待て」
ジェイを止めるK。
「続けろ…」
話を続けさせたK。ジェイは不満そうだったが、黙って座った。
「…K、セントラルホテルには行かないでください」
「!!」
これには幹部の全員がざわついた。
「…龍成会の結成25年を祝う日…9代目として先代たちへ挨拶しなければならない。抜けるわけにはいかない」
「それがやつらの…華火組の狙いです」
また幹部たちがざわつく。
「やはり…華火…」
ジェイの向かいに座っていた九龍支部長クイーンがつぶやいた。
クイーンは唯一の女性幹部。髪はショートの黒。キツい目をしている。チャイナ服のスリットが好きらしく、好んで着ている。
「…で、どんな手を使うと?」
クイーンがリックに質問した。
「すでにホテルに数名、潜り込んでいます」
「そんなのは予想の範囲内よ」
「そこでフロントでボヤ騒ぎを起こします。それから混乱に乗じて…ということでしょうが、まだ詳しくはつかめていません…」
「…K、どうしますか?」
クイーンが尋ねると、幹部全員がKの答えを待った。
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