宵闇
色
「いいさ…ずっといても…いい」
Kの手は背中を温かく包んでくれた。
メイにとって初めての感覚だった。こんなに優しく抱きしめられたことなんてなかった。
その心地よさに包まれていたメイだが、横でKの携帯が鳴る。
「!」
急に現実に戻された。慌ててKから離れてうつむいた。
すると、Kはちょっとイラつきながら電話に出た。
「…誰だ?」
メイはまだ顔が熱い。手で冷やそうとしたが、全然効果がなく困った。
「……何?」
Kの口調が変わった。ちょっと冷たい感じがした。
心配になり、Kの服のすそをつかんだ。
すると、ハッとしたようにKが小さな声で言った。
「メイ…悪い。外に出ててくれ」
「…はい」
何だか少し不安だったがメイも小さな声で答えて、まだ間取りのよくわからないKの部屋をゆっくり歩いて出た。
メイがドアを閉めたのを確認してからKは話を続けた。
「マカオにいたとはな…絶対逃がすな」
『はい。承知しました』
電話を切ろうとする相手にKは続けて言った。
「それと…調べてほしいことがある…」
「………。」
カチカチと振り子時計の音だけがリビングに響く。
メイは何だかとても不安だった。Kの態度が違った。知らない一面を知って、戸惑っていた。
すると、ドアを開ける音とともにKの足音。
「…K…さん?」
メイは不安げに名前を呼んだ。
「今日は…2人で出かけようか」
いつものように穏やかな声。なんだかホッとした。
近くにあるという大きなデパートに来た。
人の声も気配も足音もすごく多い。
「わ…すごい…」
市場もにぎわっているが、それとは比べものにならないにぎわい。
Kとはぐれたくなくて、メイは思わず腕をつかんだ。
「!」
ビックリしたKだったが、そのまま歩いた。
「服と…日用品を買おう。必要だ」
「…はい」
エレベーターで5階へ。
すると、このフロアはなんだか静かだった。
人の数も少ないようだ。
「…メイは…どんな服が好みだ?」
「私は…特に。選んだことなんてなかったので」
「そうだな…俺は…メイは白が似合うと思うが」
「白?」
「白は…清廉潔白。そしてどんな色にも染まれる…純粋で清楚(せいそ)な色だ」
「…へぇ…白」
「雲と同じ色だ」
Kはハッとした。
何も見たことがなければ色なんてわかるはずがない。
「雲…空…の?」
メイの反応がちょっと意外だった。Kは驚いた。
「わかるのか!?」
「小さいとき…たぶん5歳くらいまでは普通に見えてましたから…」
「生まれつきじゃなかったのか…」
「はい…もう見えてたときの記憶なんてほとんどないんですけど…」
Kは黙ってメイの手を握って歩いた。恥ずかしかったが、何だか嬉しいメイ。
「雲の色が似合うなんて…嬉しい」
メイの笑顔は屈託がなくて純粋でまぶしい。Kは自分には全くないそれがすごく和(なご)んだ。
「服は…こんなもんか」
「!」
メイはKの選んだ服の数に驚いた。店員の人が持っていたが、結構な数。
これとこれ…そう言いながら選んだ服は30着はある。
「こんなに…?」
メイが店員の持つ服に手を伸ばすと、すごく手触りのいい服もあった。
「必要だろう…」
「こんなに…もったいない気がする…」
メイがボソッと言うと服を持った女の店員が笑った。
「K様、とてもかわいらしいお方ですね」
「!」
何気なく言われたかわいいの言葉にテレた。
「…それ全部もらおう」
Kが言うと、店員は丁寧にお辞儀。
「いつもありがとうございます」
店員とKが反対方向に歩く。店員はレジへ。Kは店内へ。
「Kさん!」
「何だ?」
メイはKの足音を追いかけた。
「…あんなに…いいんですか?」
「気にするな」
「でも…っ!?」
メイが買ってもらう理由が…と言おうとしたのを、Kがメイの口に手を当ててさえぎった。
「…そこは素直にありがとうでいいだろ…」
メイはKにそこまでしてもらうのがなんだか申し訳なく思えてきた。
でも、そこまでしてくれる人が望むのなら…と思って、メイはKの腕をつかんで恥ずかしそうに言った。
「…ありがとうございます。大事にします…」
「あぁ…」
Kは満足そうに笑った。
デパートで今度はKの買い物。
ついて行ったって迷惑なだけだと感じたメイは、店の外のベンチに座って待っていた。
Kは抱きかかえるのにちょうどいいクマのぬいぐるみを買ってくれた。
メイはクマはわからないが、抱きしめるとふかふかで笑みがこぼれる。
「〜♪」
メイは鼻歌を歌いながら上機嫌。こんなに楽しいと感じたのは生まれて初めてだった。
「………れよ…」
「!」
メイはふと聞こえた声に固まった。
Kの買ってくれたぬいぐるみを落としてしまい、慌てて震える手で拾った。
「…お気に召さなかったですか?」
「俺の趣味じゃないな」
メイは声に怯えた。
怯えながらも、足音が近づくと見えなくなるようにうつむいた。
「…手厳しいですな」
「当たり前だ。俺は着飾るものも女も自分に合ったものしか選ばない」
「はははっ…」
フロアに男達の笑い声が響く。
メイは本当に怯えた。見た目にもわかるほどに震えた。
足音が後ろを通る瞬間、Kのくれたぬいぐるみを握りしめた。
「まったく…ファイ様にはかないませんな」
笑い声は何事もなくゆっくりと遠ざかっていく…。
メイは心の底からホッとした。
でも、まだ震えはおさまらない。
「…待たせたな」
「!」
メイはKの声を聞いてホッため息をついた。
不安気な表情をしていたメイをKは心配した。
「メイ?どうした」
「あ…なんでもないです」
しかし、Kが立ち上がるようにと手をつかむと、一瞬ビクッとしたメイ。
「…ごめんなさい…」
メイはKの手を握って下を向いて言った。
「大丈夫です…」
メイの声が震えていた。
床にポタポタと涙が落ちた。
「!」
Kはすぐに辺りを見渡した。
メイの怯え方から…
「…いたのか?」
メイを買った男いるのだろうと推測。
しかし、メイは答えなかった。
「…ごめんなさい。大丈夫です」
涙をぬぐって、笑顔を向けた。
「…待ってろ…!」
Kはメイにそう言うと、携帯を取り出しながら走ろうとした。
「…や…行かないで!」
メイはKの腕を必死につかんだ。
「メイ…」
「…怖い…おいてかないで…」
その腕にしがみつく。
「…私、なんともないですから…」
Kは…かけようとしていた電話を切り、メイが落としたぬいぐるみを拾った。
「…帰ろう」
メイはまたぬいぐるみを抱きしめた。
「はい」
デパートを出ると、Kはサングラスをかける。
「K様、こちらです」
ちょっとものものしい。メイにとって楽しかった買い物。せっかくの気分が台無しだ。
ファイの存在が大きく関係していた。
「…名前は…?」
「………。」
メイがファイに連れて来られたのは、どこかはわからないが、アパートのような一室。
車で暴れたメイは両手を後ろで縛られていた。
部屋に入ると数人の気配を感じたメイは警戒していた。
「確か…メイと呼ばれていたな…」
「美鈴です。あなたにはメイなんて呼ばれたくない」
メイが強気に答えると、ファイだけでなくみなが笑った。
「強気だな…いつまでもつかな…」
「…や…嫌…っ!?」
急にメイは担がれてどこかへ。
降ろされると、そこにはベットが。
ふかふかのふとんに体が沈む。
「…男ってものを…たっぷり教えてやるよ」
「や…!」
逃げ出そうと、ベットを降りようとしたが、ファイに上に乗られ、身動きが取れない。
「…さぁ、長い1日の始まりだ」
「!」
ファイの笑いに鳥肌が立つ。
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