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宵闇





「美鈴、お前は…何歳だ?」

「!」

誰かがキッチンで料理を作ってくれた。中華のようだ。2人でテーブルに向かい合わせに座り、話していた。
Kの美しい声で名前を呼ばれるとドキッとした。

「…メイでかまいません。私は…誕生日がちゃんとわからないんですけど…そろそろ18歳です」

「誕生日わからないのか?」

「はい。私…もともと捨て子なので…」

「!」

「だから10年以上…ここまで育ててくれたおばさんには感謝してます」

「そうか…」

Kの声のトーンがちょっと下がったのがわかった。
深くは聞かないでくれる。


「K…さん」

「何だ?」

「…やっぱり私、明日ここを出ていきます。私、どこにいてもみんなに迷惑かけるだけだから…」

「!」

すると、Kが手を止めて食べるのをやめた。

「ダメだ。行くところもないだろう」

「でも…Kさんにここまでしてもらう理由もないし…」

Kは、美鈴のグラスに飲み物を注ぎながら言った。

「なぜ…お前を連れてきたと思う…?」

美鈴は下を向いていた。

「…わかりません」

Kは飲み物を手にしようとした美鈴の手を優しく握った。

「お前が…美しいからだ」

「!」

顔が真っ赤になったメイはうつむいた。

「冗…冗談やめてください」

「冗談なんかじゃない」

Kの手に少し力が入る。メイはどうしたらいいかわからずに戸惑っていた。

「今までどんな女を見ても…メイ、お前を初めて見た時のようには感じなかった」

メイは更に下を向いた。

「……私…美しくなんか…」

すると、Kがかすかに笑った声がした。

「雨に濡れて…泣いて…ボロボロだったのに、お前は強く見えた」

Kは、メイの手をグラスから外し、両手で握った。

「そんな状態でも、不思議と魅力的だった。だからお前は美しい…だからお前が欲しい。俺の女になれ」

「え…っ?」

戸惑うメイだったが、Kは続けた。

「別に何もしなくていい。ここで…俺の帰りを待ってて欲しい」

帰る場所のないメイにはかなりの好条件。

「…できません。私はもう…売られて…いますから」

戻らなきゃいけない場所はある。
あの…恐怖の場所へ。

「…誰にだ?」

「………。」

ファイのことは答えたくなかった。
名前を出すだけで…メイは全身が震えそうだった。

「…私は…スキを見て逃げてきただけなんです。逃げちゃいけないのに…」

メイは自分の腕に涙が落ちて、初めて泣いていることに気づいた。

「逃げたって…何もないのに…っ」

Kは、食事を切り上げてメイをソファーへ。


「また…明日話そう…」

Kは今までにないほど優しい声で言った。

「…でも…」

「ここにもう少しいてくれ…」

「!」

メイが返事に戸惑っていると、Kはそのままお風呂へ。
何もしなくていいからいてほしい…その言葉にメイは鼓動が高鳴るのを感じた。初めての感覚に、もう何をどうしたらいいのかわからなかった。






翌日。朝早く目を覚ましたKが起きてリビングに行くと、

「あ…おはようございます…」

メイがすでに起きていた。

「今…何時だ?」

Kが無意識のうちに聞いたが、メイは答えた。

「5時半過ぎたところです」

「!?」

Kがなぜ時間がわかるのか不思議に思っていると、メイは何だか嬉しそうに言った。

「Kさんの置時計すごい!5時だと5回鐘が鳴って、30分だと1回…すごくわかりやすいです」

リビングに置いてある大きな時計。
メイの笑顔がなんだかキラキラしている。Kは吹き出してちょっと笑った。

「日本で買ったんだ。振り子時計っていうらしい」

「振り子…へぇー」

関心しながらカチカチ音がする時計に聞き入るメイ。
そんなメイをKは今まで見せたことがないほど優しい目で見ていた。

「あ…ごめんなさい…」

視線を感じたのか、メイはそそくさとキッチンへ。



いつもと違って早寝をしたKは、早くに目が覚めて…暇だった。
Kがテレビをつけてくつろいでいると、メイが…

「どうぞ…」

コーヒーを入れてきた。

「!」

驚くK。メイはちょっと恥ずかしそうに笑った。

「キッチンにコーヒー豆…いっぱいあったから…好きなのかなと思って」

「よく…いれられたな」

「物の配置を覚えるのは得意なんです」

「そうか…」

Kがコーヒーを手に取り飲んだ。

「…濃さは…よくわからないですけど…大丈夫ですか?」

メイが不安そうに聞くと、Kは一言だけ言った。

「…おいしいよ」









「今日は…お出かけにならないんですか?」

朝食をテラスで食べながらメイがきいた。
ここは、キッチン付きなのに誰かが食事を作っている…キッチン付きのホテルみたいだとメイは思った。

「仕事は…休みだ」

仕事?そういえば何してる人?…メイの疑問は増えていった。
そこで初歩的なことを聞いてみた。

「そういえば…Kさんは…おいくつですか?」

「何歳だと思う?」

まさかの質問返し。メイは考えながら答えた。

「声の感じはすごく落ち着いてるし…30歳前後…とかですか?」

メイが言うとKがクスクス笑った。

「まぁ…ハズレではないな」

「正解は?」

「秘密」

「えー!?」

メイが少しスネると、Kはマジメに言った。

「メイ、お前がここにいてくれるなら教えてやる」

「!」

「…さぁ、どうする?」

「………。」

メイはうつむいて考え込んでいるようだ。Kは黙って答えを待った。

そして…

「…じゃあ、教えてくれなくていいです」

メイは答えた。Kは当然納得はしなかった。

「なぜだ?いるだけでいいんだ」

「…Kさんには…わかりません」

「?」

「私は…」

メイの声が震えていた。

「もう…捨てられたくない」

「!」

「昔…お母さんに捨てられたのも…なんとなく覚えてるんです」

メイは下を向いていた。

「…Kさんだって…きっと私を捨てる日がくる…」

すると、それまで黙って聞いていたKが言った。

「メイ…お前の声はどこまでも澄んでるな」

「え…?」

「じゃあ、こうしよう…」

Kは食事をさげさせながら、話した。

「俺は絶対お前を手放さない」

「!」

「だけど…ここにいるか出ていくかは…自由だ。好きにすればいい…」

Kは立ち上がり、中に戻ろうとしながら言った。

「俺は…27歳だ」

「!」


メイは迷っていた。
名前と歳しか知らない人に…ここまで甘えていいんだろうか…と。
しかし、ファイの所にだけは…行きたくなかった。







「…?」

中に戻ると、人の気配がない。
メイはゆっくりと壁を探しながら歩いた。





「…Kさん?」

メイはなんとなく、Kの部屋っぽいドアを開けた。
すると、風が流れてきた。窓が開いている。

「…どうした?」

Kはベットで寝ていたようだ。声が眠そう。Kが動くガサガサとふとんの音もする。
Kの部屋に入るのは初めて。手探りで声と音のする方へ進むメイ。

「…っひゃ!?」

「!」

置いてあったスーツケースに気づかずにつまづいたメイはよろけた。
Kは慌てて起き上がり、ベットの方に倒れこんできたメイを支えた。
抱きしめているようにも見える。

「…大丈夫か?」

「はい…ごめんなさ…」

起き上がろうとすると、Kは背中に手を回してメイを抱きしめた。

「…Kさ…!?」

動揺するメイだったが、Kの力はかなり強い。

「メイ…決めたか?」

耳元でのKの声は、たまらなくドキドキした。

「…っ…はい…」

Kの手に力が入る。

「私…」

「………。」

メイはゆっくりKの背中に手を回した。

「…迷惑にならないように、ここでKさんの身の回りのお世話をします。帰りを…待ちます」

メイは手が震えた。

「だから…少しだけ…Kさんのそばにいていいですか?」






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