宵闇
欲
「それじゃあ、ありがとうございました」
Kが目を覚ますと、メイは買い物から帰ってきたようだ。
…グィンと。
「いえ、ご用があればまたお呼びください」
部屋から出てきたKは、グィンと目が合うとにらむ。
グィンは慌てて会釈。
「…起きたんですか?夕飯の買い出しに行ってました。グィンさんと」
ピリピリした空気を一瞬で変えるメイの無邪気な声。
「そうか…」
「でね、色々買ったから…今日の夕飯楽しみにしててね」
「…あぁ」
Kがフッ…と優しく笑う。
グィンはそのまま黙って部屋に戻った。
「お待たせしました〜」
メイが料理を運んでくる。餃子(ギョーザ)他、色々。
「メイの料理はいつもうまそうだ」
Kが言うと、ひらめいたようにメイが言った。
「そうだ!」
「?」
「グィンさんにも持って行こうかな」
Kの顔が一瞬引きつる。
「なぜだ?」
「だって…グィンさん、あんまり寝てないみたいだし、買い溜めしたものしか食べてないって…」
「…必要ない。あいつはそれが仕事だ」
「でも…」
メイは引き下がらない。
「私、持って行きます。今日だって買い物付き合ってくれたし」
立ち上がり、キッチンにあった残りを皿に乗せて運ぼうとすると、Kが皿を奪った。
「…待て」
「!」
「俺が行く」
グィンはスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めた。
「今のところ、Kを直接狙う者はいないようです」
『そうか…ご苦労』
ジェイに電話で報告。
「シグの報復があるかと思いましたが…近々あるという取り引きのせいしょうか?」
『…だろうな。あさってには一旦、交代をやる。それまで引き続きKを頼む』
「…承知しています」
グィンが電話を切ると同時にドアをたたく音。
銃をかまえ、警戒しながら玄関に近づくと、
「俺だ。Kだ」
「!」
グィンはドアののぞき穴からKの姿を確認すると、銃をしまい、すぐにドアを開けた。
「どうかしましたか!?」
「……いや…これを…」
Kは視線をそらしながら、メイが盛った料理をグィンに差し出す。
「え?」
「メイが…持って行くと…きかなくてな」
「!」
グィンは受け取りながら感激。手料理なんて…何年ぶりだろう。妻が出ていってからは食べていないと、昼間メイと話した。
「ありがとうございます」
グィンが言うと、Kは黙って戻った。
…Kがこんなことするなんて信じられなくて、思わず吹き出したグィン。
「シン?」
「…何だ?」
「なんで…不機嫌なの?」
ご飯を食べて、ユエと遊ぶメイ。Kはずっと黙ったままだ。
「…別に」
「でも…いつもと違う」
Kはメイとグィンを2人にしたくなかっただけ…なんて言えなかった。
メイはKの隣に座り、手探りでKの首に触る。
「具合悪い?どこか…痛いんですか?」
「!」
メイが聞くと、Kはなんだかドキドキした。
「痛い…」
Kが言うと、メイは驚いて焦った。
「…どこですか?どうしよう…」
すると、Kはメイの手をつかんで手のひらにキスをした。
くすぐったいのに…ドキドキするメイ。
「!」
食器を洗って冷えた手に、Kの唇は熱い。
「こんなに…もどかしいことがあるなんて…知らなかった」
「…?」
「今まで…俺の周りにはなんでもあった。だから…こんなに何かを欲しいなんて…思ったことがなかった」
「!」
メイはKのキスが手首から…ゆっくり登ってくるのを感じて、顔が赤くなる。
「メイ…早く…俺のものに…」
「…ん…っ」
唇が重なると、メイもKもたまらなくドキドキした。
このまま…
「…メイが欲しい」
「!」
そう思った。
Kの言葉にテレたメイは顔が赤くなるが、すぐに答えた。
「…私も…です」
すると、Kはメイを抱きしめながら聞いた。
できれば、聞かずにいたい。メイが…つらいことを思い出すかも知れない。
「だから…お前の過去を清算して、まっさらになって…すべてを俺にくれ」
「!」
「…お前を買ったのは…誰だ?」
メイの体がビクッと反応した。でも、Kは抱きしめる力を緩めなかった。
長い沈黙の後、メイは…声も体も震えながら答えた。
「……ファ…イ…」
「!」
メイが泣いているのがわかり、Kは更に力強く抱きしめた。
「一緒に…眠ろう…」
「…シン?」
昨日は、2人…手をつなぎながら眠った。
しかし、目が覚めるとKが部屋にいなかった。
一緒にふとんに入ったはずなのに、Kの寝ていた場所はもう冷たい。夜中のうちに出たようだ。
リビング…テラスにもいない。
メイに言いようのない不安がよぎる。
「メイ様!」
グィンがドアをたたく。大きな音と声に驚いた。
開けると、焦ったようにグィンが飛び込んでくる。
キョロキョロと部屋を見渡す。
「…Kは?」
「朝起きたら…いなくて…」
メイが答えると、グィンは慌てて電話をかける。
「クイーン!Kは自宅にいない!その目撃情報は本当のようです。俺もすぐ向かいます」
グィンは電話を切り、出て行こうとする。
すごく焦ってる。よくない予感がした。
メイは慌てて止めた。
「待って!」
「!」
「何が…あったの?Kさんは…?」
メイが聞くと、グィンは答えるべきか迷った。
「メイ様、後で…」
しかし、メイはグィンの手を離さなかった。
不安な気持ちのまま…何もわからないまま残されたくなかった。
「…無謀です。一触即発のこの時期に…敵の…華火組の本部に1人で行くなんて…」
「え…?」
「ファイは卑劣な男です。近づけば…どうなるか…」
「!」
メイが息をのむ。ユエはまだ寝ているようで静かだ。
「ファ…イ?」
動揺するメイだったが、グィンは…
「代わりの護衛が来ます。それまでは中に人を入れないようにしてください」
すぐにでも追いかけたくて、メイを置いてKの部屋を出て走った。
メイは、昨日…Kにファイの名前を言ったことを後悔した。
じゃなければ…こんなことには…。
「シン…っ」
メイはKの部屋でベットにうずくまり…泣いた。
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