宵闇
約
「シン…?起きた…?」
Kの部屋のドアをそっと開けて、メイは小さめの声で言った。寝ていたら起こさないように。
「…起きてる」
「あ…お腹すいた?」
「そうだな…少し」
すると、メイが笑顔全快で部屋に入ってくる。
「お粥と烏龍茶…いかがですか?」
メイがベットに運んでくる。
「メイが作ったのか?」
「はい。昔からお粥は作るのはうまいって言われてて…」
「作ってくれたのは嬉しいが…」
「?」
Kはちょっとテレていた。
咳払いをしてから言った。
「利き手を…ケガしたんだ。た…食べさせて…くれるか?」
「!」
メイはびっくりして一瞬で顔が真っ赤になる。
「…でも見えないから…うまく食べさせられないかも」
「すくってくれれば、あとは食べる」
Kがそう言ったので、メイはなるべくKの近くに座ってこぼさないようにしようとした。
「…熱いかな?」
メイがお粥をゆっくりとKの方へ。
Kが食べると、メイはドキドキした。感想が気になる。
「…熱っ!」
Kの熱がるそぶりにメイは慌てた。
「ごめんなさい…今、水を…」
立ち上がろうとするメイの腕をKはつかんで元の位置に座らせ、片手で抱きしめた。
「嘘。おいしい…」
「もう……よかった」
メイはホッとして、クスクス笑った。
「…寝た?」
メイは何度もKの部屋を訪れた。
必ず寝たか確認する。深い眠りにはほとんどつかないKは、
「…起きてる」
必ず返事をした。
すると、今回はボウルにお湯を溜めて、タオルを持ってきた。
「お風呂はお医者さまが1週間はダメって言ったから…体、拭きませんか?」
「!」
「昨日も…着替えただけだったみたいだし…汗もかいたでしょ?」
Kはすぐ上着を脱いだ。
「…そうだな。頼む」
ガサガサとKが服を脱ぐ音。
急に緊張してきた。
でも、メイは置いてくれているKにできるだけ恩返しがしたかった。
「…はい」
メイはタオルをお湯につけ、絞ってからKの横に座った。
「………。」
「………。」
お互いに無言。
メイは緊張したが、初めて直に触れたKの体。
緊張して手が少し震えた。
「髪は…明日でいいですか?」
メイはうつむきながら言った。
Kの体は、想像以上にがっちりしていて…男らしい。
「…メイ。耳まで赤い」
「!」
メイは手で耳を隠した。Kはクスクス笑った。
「ケガなんて…治らなきゃいい」
「どうして?」
Kがメイのあごをつかんで上を向かせる。
「メイに…毎日体拭いてもらえる」
「!」
メイは目を開けて、恥ずかしそうに答えた。
「そんなの…シンが望むなら…いつでも」
「!」
すると、Kはメイの肩をつかんで、ベットに押し倒した。
「きゃ…っ!」
「……っ…て!」
Kは急におもいっきり動いてメイを押し倒したので、傷口に負担がかかって痛んだ。
「シン!?ダメ…お医者さまに言われた通り…」
メイがKを押し退けようとすると、Kはそのままメイにつぶれてきた。
「なんで…こんな時にケガなんか…」
「…あっ」
耳に息をかけられて、体がビクッとした。
「…体…治すのが先です。治ったら…」
「治ったら?」
Kの低く甘い声でささやかれて、メイはドキドキが止まらなかった。
「私を…シンのものにして」
「!」
Kは少し驚いた。
メイは震える手でKを抱きしめていた。
「その意味がわかってるのか?」
「はい」
「…いや、お前はわかってない…」
「…どうして?」
「俺は…仕事で女を抱く」
「!」
Kを抱きしめるメイの力が緩む。
「その事実に…お前は耐えれるのか…?」
「………。」
Kはメイ自身にあきらめてほしかった。
「…大丈夫」
「メイ…」
「シンが前に言ってくれた…」
「!」
「望んで触れたいのは私だけだ…と」
メイは再び震える手でKを抱きしめる。
「私も同じです」
「!」
「シンのそばにいて…シンと運命をともにしたい」
メイの声が震えた。
「何より…シンと会う前の出来事を…みんな忘れたい」
Kは自由に動かせる左手でメイの頭を撫でた。
「そうだな…」
「どんなことがあっても…シンがいれば…幸せ」
すると、Kの部屋の外から「キャン!」と鳴き声がした。ドアをカリカリしている。
「ユエが嫉妬してる」
Kがクスクス笑うと、メイも笑った。
数日後、インターホンが鳴ったので出るメイ。
「…ジェイだ」
「あ、はい…」
メイはロックを解除した。
そのまま玄関へ。ジェイが中に入ってきていた。
「無用心です。俺が偽物だったらどーするんです?」
メイはきょとんとして答えた。
「だって、声も…しゃべり方も足音も一緒だし」
「足音?」
「はい。見えないから…足音と声で判断するんです」
「!」
すると、今度はジェイがきょとんとして笑った。
「なるほど。優秀な護衛です」
「?」
メイはなぜ笑われているのか理解できない。
「…シン」
テラスにいるKに声をかけに行くメイ。
「ジェイさん、来てます」
「そうか…」
Kは、右手は吊(つ)ったままだが、動き回れるほどまで回復していた。
2人はなんだか仕事の話をするようなので、メイはその間にKの部屋のシーツを替えることに。
声が全く聞こえないように、クラシックをかけた。
「〜♪」
流れてきたのはカノン。
優雅に舞いたくなるようなバイオリンの音に思わず鼻歌。
「…終わった?」
「!」
Kはメイがシーツを替えるまでを黙って見ていた。
「はい。お話は終わりですか?」
ジェイの気配を感じたメイは笑った。
ジェイも笑顔で答えた。
「はい」
「そうですか…あ!」
メイがひらめいたように言った。
「ジェイさんも、ご飯一緒に食べませんか?」
「え…しかし…」
「…忙しいですか?」
メイがちょっとしゅん…としたので、ジェイは慌てた。
「いえ、今日はもう…」
「じゃあ一緒に!」
「…困りました…ね」
ジェイはKに判断をまかせるような視線を投げかける。
「たまには誰かいてもいいな」
Kも優しく笑う。ジェイはKのそんな顔を初めて見た。
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