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狼と忠犬

「――――それ、何だ…。」


 同じ問いを再び言葉にする日影さまの声が、いつもより更に低いのは…気のせいなんかじゃ、無いだろう。
 瓜生家の嫡男に生まれた日影さまは、自身に墨を入れる事は禁じられているが、本物を目にする機会は、それこそ普通の高校生よりも遥に多い。この数年で表の上場企業運営が主になってきたため、関係者の殆どは刺青など以ての外。無論、近衛さんだって、そんなモノ入れたりしていない。

 ―――だからこその、日影さまの驚きであり……俺の、動揺。


 ゆっくり近づく主から視線を逸らすようにして、思わず数歩下がった。視界に入れた自分の太股には…誤魔化せないほどに鮮やかな尻尾と足が、グルリと巻き付いている。



 ………どうする?どういい逃れる?
 こんな急な展開は、予想していなかった。いつかはバレる事だって、あるかも知れない。でも、それはこんな早く…ましてや今日なんかじゃ、ないハズだったんだ。

 ドキドキと耳まで届く鼓動。心臓が早鐘を打っている。

 正面に立った日影さまが―――おもむろに、俺のシャツを腹の上まで捲り上げた。

「――――っっ!?」
「………………見事な龍だ、な…。」

 言葉とは裏腹に、日影さまの目は暗い。
 反射的にシャツを押し下げようとすれば、舌打ちと同時によこのベッドへ投げられた。俺の上に乗り上げた日影さまは、捲れたシャツを押さえたまま、パンツのゴムを刺青のラインに沿って下ろす。
 ―――その瞬間を、見ていられなくて…目を逸らした。

「……ここまで、完璧な彫物か…近衛。」

 唸るようなその問いに、俺はまだ、上手い答えを考えつかない。


「近衛は―――お前の親父は、知ってるのか?」
「…………。」
「入学前の身体検査はどうしたんだ?」
「………診断書…火傷の診断書と、写真をつけて貰って…内科は瓜生の刈谷先生に事前にお願いしました…。」

 刈谷先生は、瓜生家の主治医。重度の火傷の痕に対するトラウマの為、他人に身体を見せるコトが出来ないとの診断書を作成して貰った。東雲学園は、もともとお坊ちゃん学校、生徒側の要望は、よっぽどでなければ聞き入れられる。


「―――なら、家の人間は知ってる訳だな…。」



 唸るような呟きに顔を上げれば――想像よりも近い場所に、日影さまの怜悧な美貌があった。何もかも暴こうとするような鋭い視線。

 ―――くそう。こんな場面じゃなければ、死んでもいいと思える程の幸運なのに…。

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あきゅろす。
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