狼と忠犬 侵入中? 侵入の仕方はまんまコソ泥なのにそう見えないのは、容姿なのか、容姿なのか。 いや、日影さまならたとえ宝塚のように歌いながら入ってきたとしても、俺は『ギャップ萌え!』と心の中で叫んだだろう。 日影さまはガムテープ付き窓ガラスを足の裏で一ヶ所に固め、ベッドまで進むと、変な体勢で動けないままの俺の首元を掴んで、持ち上げた。 「……一瞬驚いただけでまたいつも通りとか、余裕だな。」 いつもの1.5倍ほど吊り上がった日影さまの目から、殺人ビームが発射されそうです。 本当は全然余裕ではないのだけれど、そう思って貰えるのならと俺は無言で見つめ返した。 怒りに震える姿は恐ろしいけれど、少しだけホッとして、肩の力が抜ける。 俺に憤る日影さまは昔から見慣れていて、傷付いて悲しまれるより何倍も良い。そのまま全部俺にぶつけて、悲しいよりも腹立たしいと感じていて欲しい。なんなら勢いに任せて殴るなりしてくれたらいいのにと思いつつ、それは無いなと笑う。 だってどんなに俺が憎いと訴えていても、日影さまが俺に暴力を振るったことはない。もしかしたら、手を触れる価値もないと思われていたのかも知れないけれど。 「お前はいつも、どんな風に扱ったってその顔だよな…」 「ぃグェ……」 いえ、そんな事は。と言おうとしたら、掴まれたシャツが気管を圧迫しているために、潰れた蛙みたいな声になった。 すると締めつけが解かれ、不自然に上がっていた俺の身体がベッドに落ちる。慌てて身を起こして、正座した。 「近衛。」 呼ばれて、落としていた視線を戻す。 俺を見下ろす端正な顔。殺傷力の高そうな怒りのオーラが、なぜか治まっていた。 「―――なんで逃げた。」 その代り、嘘は許さないぞと目が言っている。 「じ…自分でも、よくわかりません。」 「鍵までかけて閉じ籠ってか。」 「………」 「身代りの話、俺にバレるなと言われてたのか。」 「……いえ。」 「上手い言い訳が、思いつかなかったのか。」 「……いえ。」 いつもより穏やかに聞こえる声は、子供を諭す親のようだ。 こんな風に、優しいとさえ言える接し方をされると……どうしたらいいのか、わからなくなる。 「に、逃げ出して……すみませんでした。自分でもどうしてあんな行動をとってしまったのか、わかりません。」 申し訳ありませんと、深く頭を下げたままで、日影さまの気配を探ろうと神経を研ぎ澄ませた。 シーツに額を擦りつけ過ぎて、視界が真っ黒だ。 日影さまが、小さく息を吐いた。気がした。 「………俺の所為で、誘拐されて、死ぬ思いして、身体に傷をつけて、高校生になってもこんな山奥に放り込まれて世話をさせられて、関わらないで済むと思った矢先に―――親衛隊の揉め事で満身創痍。親の命令とはいえ、嫌にもなるな。」 悪かった。 呟かれた言葉の意味を理解した瞬間、ぶわりと背中が総毛立つ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |