狼と忠犬
2
叱責目的でないなら、呼び出しの理由が思いつかない。
もしかすると俺の諸々の行動は、日影さまにはまだバレていないのかも知れない―――なんて、楽観視してしまいそうになった直後にいきなりシャツを捲られた。
「え。」
「……コレは何だ。」
止めるまもなく、俺のシャツがインナーごと胸元まで捲れ上がり、腹が丸見えになる。
日影さまの行動を止めるという選択肢は無い訳だが、しかし見られてはマズイものだってある。たとえばそう、今の湿布まみれの俺の腹とか。
「なんだ。」
「湿布、です―――あっ。」
俺の返答と同時に、一番手前の湿布が日影さまの手で剥がされた。
まぁ、当然、そこに現れたのはどす黒い打撲痕の周囲が黄色で覆われている、なんとも醜悪な肌だ。
止めるまもなく全ての湿布が剥がされ、冷たい視線が俺の脇腹にあたる。以前見られた刺青が、内出血で更に醜い色に変色していた。
「生徒の現状を把握する手段として、コンビニや購買で薬剤品の売り上げリストを出して貰うよう、話を通した。風紀にそんな権限があるって話は当然他言無用だぞ。」
「はい。」
「……保健室に行って記録を残したくない生徒は、当然自分で処置をする。お前はここ数日、何を買った?」
「………。」
「湿布、鎮痛剤、消毒液、コールドスプレーに大判の絆創膏。数回に分けて購入しているとはいえ、たった数日でこれだけ使う理由が――これか。」
シャツを捲る右手はそのままで、日影さまの左手が、俺の一番濃い内出血の部分に触れた。触れたというよりも強く押したに近い行為は、当然結構な痛みを伴って肌を攻撃する。
声を出さないよう歯を食いしばった俺をどう思われたのか、今度は脇近くの刺青部分に爪が刺さった。
「―――っ。」
日影さまの指が俺の皮膚を突き刺していると思っただけで、痛みの中に痺れるような違う何かが生まれそうで非常にまずい。
ちょちょちょ!コレは叱責じゃないけれど違う意味で完全にまずい感じです。俺が!
たんに怪我の様子を確かめられているのだと理解していても、日影さまを直視できない。こんな至近距離で拝見出来る大事な場面で。なんて不甲斐ない。こんなチャンスはもう無いかも知れないのに!
そんな邪な俺の思考を察知されたのか、肌を刺していた指先は離れ、捲れ上がっていたシャツも下ろされた。
白い目で見られていたらどうしよう。
恐る恐る俯いていた顔を上げれば、心配していたような侮蔑の表情はそこには無く。ホッと息を吐いた。
「――――で?」
「よかったです。」
「はぁ?何が……いや、いい、言うな。」
「……ハイ。」
額をおさえた日影さまが、何かを振り払うように「くそっ」と悪態をついた。
「その怪我、解散した親衛隊内で揉め事か」
「……いえ」
「どうして隠蔽しようとした?俺の元親衛隊同士の暴力沙汰だからか?」
「………」
「近衛」
低く落ちたその声が、俺に対する憤りを表している。
やはり俺は何をしてもこの人を怒らせてしまう。情けなくて泣きそうだけれど、固まったままの皮膚はピクリとも動かなかった。
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