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狼と忠犬
夢オチのってのはままある
「……げホッ」


 ひとりで無抵抗の人間に暴力を振るうのには、限界がある。
 手足が疲れたからと笑いながら、金沢の恋人ヤッちゃんは俺への暴行を止めた。ダンゴ虫みたいに砂だらけになって地面で丸まる俺はさぞ滑稽だったんだろう。金沢がかなり満足気に俺を見下ろしていた。

「他の子たちにも、恨みを晴らすのなら今が丁度良いって、言っておくから。」

 ご親切にどうも。

 口に出したら金沢の怒りが再熱するのはあきらかなので、溜まった血混じりの唾液を飲み込んで、連れだって消えていく2人の背中をただ眺めた。
 大小の影が完全に視界から消えたのを確認してから、ゆっくり起き上る。服についた砂埃を払い、顔と髪も軽くはたいて砂を落とす。目立つ傷が無さそうでよかった。

 重点的にやられた、腹部と腕が重い。
 若干前かがみになりながらも、カメラのケースを肩にかけ、人通りの多い場所に着くまでには体勢を整えなければならないだろう。
 痛みは、痛みだと思うから痛い。
 この程度なら……なんて事ない。

「……湿布は臭うから、冷却スプレーにするか。」

 寮に帰る前に、売店に寄ろう。
 薬はコンビニだったかな。

 どう考えても、今日一日で済むはずのない出来事。俺はこれからの生活に必要なモノを揃えておこうと思いながら、ふらふらと寮へ戻った。




「――――あれ、近衛そんなに買い物することとかあんだな。」

 部屋に戻ると、リビングで堤が雑誌を読んでいた。
 あまり見られて喜ばしい場面でもないので、本ぐらい自室で読めよと思わずムッとする。完全な脳内八つ当たりである。

「ええ、まぁ。」
「何買ったんだよ。」
「まぁ。」
「まぁ?」
「まぁ、棚の並びの物を1個ずつ順番に。」
「なにその金持ち買い。珍しいな……調子悪いのか?顔色、あんま良くないぞ。」
「まぁ。寝てればどうってことないです。」
「あー、風邪かな。無理すんなよ。」

 声をだすと腹筋に響く。ぼそぼそ小声で喋る俺はあまり元気には見えないのか、堤が心配気に気遣ってきた。
 ここは風邪という事にしてしまおうと、朝まで寝るから起こさないでくれと部屋へ入る。

 ベッドに買ってきた冷却スプレーや痛み止めと、今後要るようになるだろう消毒液や絆創膏を置いて横になった。
 着替えないと服が皺になる。
 そう思いつつも、動くのが酷く億劫だ。

「………1時間だけ寝る。」

 自分に言い聞かせるつもりでひとりごちると、もう瞼が重くてそのまま閉じてしまう。

 夕食時には―――巡回がてら食事をとる日影さまを、遠くから眺めるのが日課なのに。間に合うのか俺。
 アラームをかけようにも、指さえピクリとも動かせない。

 スプレー、薬、夕食、日影さま。
 暗転。




 なんとその後、俺は日影さまの夢をみた。
 食堂で夜の日替わりを黙々と召し上がる姿を、真正面から透明人間になった俺が見放題という、なんという俺得な夢だった。


 ただし―――起きたら、朝だった。


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