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狼と忠犬
エイプリル企画「狼と忠犬」SS 1
 ある日バイト先の塾で、担任しているクラスの生徒から相談があると、深刻な顔で言われた。
 小学6年生にしてはヤンチャ振りが目に付く、毛並みの良い生徒が多い俺の担当クラスにしては珍しいタイプの生徒だ。そんな子からの『相談』。

 イジメや学力等の話をするようには思えなかった俺は、内心首を傾げながらも、授業が終わった後に時間があれば職員室へおいで、と微笑んだ。
 今日は会議が重なっているために、職員室には教員が少ない筈で、もし本当に深刻な話だったとしても、他の先生方に聞かれる心配はないだろう。


*****

「――オレ、家の本当の子供じゃないみたいなんだ。」

 明るいムードメイカー。そんな印象しかなかった少年が、二人きりの職員室でそう呟いた。

 真っ黒な髪は少しくせ気味で、クルリと巻いてしまう前髪をいつも鬱陶しそうに引っ張る。小作りの顔は綺麗に整っていて、勝気さは造形の素晴らしさで相殺されている。
 どこにも似たところの無い少年。
 けれどその姿に…4年前に消えた弟を思い出した。



 自慢じゃないが、俺の家はこの時代に存在するのかと驚くほどの貧乏だった。
 やたらと多い兄弟姉妹に、ギャンブル好きの親。絵に描いたような駄目な家庭だ。家には始終借金取りがやって来たし、土下座する両親を横目に、そのうちマグロ漁船とかに乗せられるんじゃないかとさえ思っていた。
 マグロ漁船に乗ることは無かったが…弟が消えた。

 その日を境に、両親の借金は消えた。弟と引き換えに、それはもう見事に。

 中学から帰った俺に、あの屑親父は「あいつは良い家に養子にいった。ここよりよっぽどいいもん食って、お坊ちゃんみたいに生活させて貰ってる」と黄色い歯を見せて卑屈に笑った。俺は、その歯をへし折った。
 そこから大喧嘩になって、ようやく落ち着いてから部屋中を見渡せば、弟のいた痕跡が跡形も無く消えていることに気がついたのだ。
 数枚しかなかった写真も、使っていた洋服や文房具も、アイツがここで生活していたと思い出せる何もかもが。

 中学生だった俺には、何も出来なかった。
 高校と同時に家を出て、一人暮らしの親友の家に厄介になりながら卒業して、奨学金で大学にも入った。
 戸籍を取り寄せても、家族の本籍地がなぜか何度も変わっていたりして、未成年の俺には手が出せない。本当は弟なんて、初めからいなかったんじゃないかとさえ思えた。


 養子にいったという事しか分からない、俺の大切な弟。

 目の前の生徒と、消えた小学生の時から成長することの無い弟のソレが、重なってみえた。

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あきゅろす。
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