狼と忠犬
2
「嘘だよ、両方食えよ。」
「………。」
「ホラ。」
ヒョイヒョイと友近の皿にイチゴと板チョコを放り込んでやれば、一文字に閉じていた唇の端がちょっとだけ上がった。そうか、嬉しいか。
最近気がついたのが、コイツは犬に似ているって事だ。
動物はちょっと見だと何を考えているのかなんて分かり難い。でもよく観察すれば、動作とか声の調子とか些細な変化で、なんとなく理解出来るような気がする…場合がある。
コイツもそんな感じで、一見いつも同じ表情(まぁ無表情だな)だけど、よーく見ると、眉が寄ってたり(ほんの少し)口の端が上がってたり(してる気がする)声が落ち込んでたりと、色んな変化がある訳だ。
で、今のところ一番わかりやすいのが、おやつの時間。
「……お前、ホント甘い物好きだよな。」
「モ、むごっ。」
「いや、無理に返事しなくていいし。」
「スむご、マセ…む。」
「ぶはっ。」
声を出そうにも、口の中に詰め込み過ぎて喋れてなかった。
あまりに真剣におかしなことになってた友近がツボ過ぎて、腹が痛い。俺がヒーヒー腹を抱えている間、友近はただ一心に咀嚼してケーキを飲み込んでいた。俺の腹が更に痙攣する。ヤメロ馬鹿。笑いが止まらん。
転がり過ぎて、最後はもう床に大の字に寝転がっていた。
そのまま、俺の方を気にしながらケーキを食う友近に目を向ける。
「―――美味い?」
「……ふぁい。」
もぐもぐ、もぐもぐ。
犬っつーか、アレだ、ハムスターに近い。
ふーん、と呟いてそのまま横に転がった。腕を枕にして、「俺の分も食っていいぞ。」と声をかける。離れの一番奥にあるこの縁側には、殆ど誰も近付かない。大勢いる人の気配もあまりなくて、池の中で泳ぐ鯉の模様がチラホラ見え隠れしているのをボンヤリ眺めた。
小学校にはほとんど行っていない俺は、誰かとこんな風に穏やかな時間を過ごす事なんて無かった。時々、早苗や親戚のガキが顔を出す事もあったけれど、それはこんな緩やかな時間の流れじゃない気がする。
―――そうだ、食い終わったら鯉の餌をやって、それから屋敷中使って鬼ごっこをしよう。
必死で追いかける顔が見たいから、コイツを先に鬼にしてやろう。
どんな無表情で俺のあとを走るのか……想像しただけで笑えてきて、とりあえず「早く食え。」と友近を急かした。
******
「―――おい、おーい?」
「……あ?」
ハッ、と気がつけば目の前で早苗がヒラヒラと手を振っていた。
「大丈夫か?フォークで苺刺しながら時間が止まってたぞ。」
「……ああ、考え事してた。」
「ふぅん。このケーキかなり美味いけど、苺嫌いだったか?要らないなら俺が代わりに食べるけど?」
いつの間にか空になっている皿をホレ、と差し出してくる男に「やらねーし。」と刺していた苺を口に放り込んだ。途端に甘酸っぱい果汁が口内に充満して、なんとなく眉が寄る。
「なに?やっぱ苦手だったのかよ。」
無理してまで食うかねー、と早苗が肩を揺らす。
どこにでもある、普通のケーキだ。特別美味いとも思わないし、不味くもない―――ハズなのに。
「―――別に、嫌いじゃない。」
口をついて出た言葉はソレで。
嫌いじゃないが、さほど美味くもないのは何故なのか…理由なんてのは、はじめから分かっていた。自分の心を見ないフリも出来ず、ただ目の前のケーキを頬張る。
「美味そうには食ってないよなぁ。」
幾分呆れ気味の早苗の声にも応えないままに、俺は懐かしい思い出ごと苺をのみ込んだ。
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