狼と忠犬
2
「だけど、もし――。」
「……?」
そこから先を切り出さない彼に、首を傾げようと思ったが止めた。催促してるように見えたら、それは『失礼』になるのかな?
少し待てば、日影さまの口は自然に開いた。
「もしお前が学校行きたいんなら……俺から話してやっても、いいんだぞ?」
主だから当然上から目線だけど――不安そうに、心配そうに揺れる視線に、俺は気がつく。
子供の気配の無いこんな広い家に、外出さえ許されない状態でずっと一人。
なのに彼は、俺を気遣ってぶっきらぼうにその手を放そうとする。
なんだか分からないまま無性に胸がモヤモヤして、咄嗟にポケットに入っていた飴を取り出して彼に差し出した。
「―――あ?なんだよコレ?」
「…よかったら。」
ポケットから出したのは、此処へ来る途中で近衛…さん、がコンビニで買ってくれた飴。
好きなモノを買えと言われたがコンビニへ入るのが初めてで、戸惑っている内に勝手に選んで渡してくれたのだ。
どうぞ、と右手を差し出せば、日影さまはゆっくりとした仕草で受け取ってくれる。
「…ていうかコレ、のど飴じゃねーか。しかも一番マズイ奴。」
「………。」
そうか、やっぱり不味かったのか。
ひとつ口に入れた時に、なんだか凄く苦いなとは思ったんだ。
だとしたら、コレは『失礼』になるのかな?――やっぱり返して下さいと手を伸ばす前に、日影さまが包を開いて口に放り込んだ。
「…うわ、やっぱ激マズだ。お前こんなの美味いのかよ?」
「……いや、不味い…です。」
「はぁ?なんでそんな不味い飴持ち歩いて…しかも人に勧めてんだ?」
なんででしょう?
ちょっと考えてたらやっぱりかなり無礼な気がしてきたので、俺は慌てて日影さまから残りの飴を受け取り、そのまま1つ口に入れた。あ、やっぱ不味い。
「美味いの?」
「…いえ、不味い、です。」
「なんだそれ。」
二人して不味い飴を黙々と舐める。
やがて先に食べ終わった日影さまが、さっきよりも柔らかい表情で俺を見た。
「――変なヤツだな。…しかも俺より喋らないし…。」
「…ゴメンなさ…あっ。」
――その後、口から零れ落ちた飴を拾った指がベタベタになって放心する俺を、日影さまが呆れ気味に洗面へ連れて行ってくれた。
明日は屋敷の庭を案内してやる、と少しだけ優しく笑う姿が、格好良いなと少し照れた事を憶えている。
引っ張られた腕が痛いより熱い事を不思議に思ったのは、就寝時間になって目を閉じる直前になってからだった。
おわり
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