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狼と忠犬

「だけど、もし――。」
「……?」

 そこから先を切り出さない彼に、首を傾げようと思ったが止めた。催促してるように見えたら、それは『失礼』になるのかな?

 少し待てば、日影さまの口は自然に開いた。


「もしお前が学校行きたいんなら……俺から話してやっても、いいんだぞ?」

 主だから当然上から目線だけど――不安そうに、心配そうに揺れる視線に、俺は気がつく。

 子供の気配の無いこんな広い家に、外出さえ許されない状態でずっと一人。
 なのに彼は、俺を気遣ってぶっきらぼうにその手を放そうとする。


 なんだか分からないまま無性に胸がモヤモヤして、咄嗟にポケットに入っていた飴を取り出して彼に差し出した。



「―――あ?なんだよコレ?」
「…よかったら。」

 ポケットから出したのは、此処へ来る途中で近衛…さん、がコンビニで買ってくれた飴。
 好きなモノを買えと言われたがコンビニへ入るのが初めてで、戸惑っている内に勝手に選んで渡してくれたのだ。

 どうぞ、と右手を差し出せば、日影さまはゆっくりとした仕草で受け取ってくれる。

「…ていうかコレ、のど飴じゃねーか。しかも一番マズイ奴。」
「………。」

 そうか、やっぱり不味かったのか。
 ひとつ口に入れた時に、なんだか凄く苦いなとは思ったんだ。

 だとしたら、コレは『失礼』になるのかな?――やっぱり返して下さいと手を伸ばす前に、日影さまが包を開いて口に放り込んだ。

「…うわ、やっぱ激マズだ。お前こんなの美味いのかよ?」
「……いや、不味い…です。」
「はぁ?なんでそんな不味い飴持ち歩いて…しかも人に勧めてんだ?」

 なんででしょう?

 ちょっと考えてたらやっぱりかなり無礼な気がしてきたので、俺は慌てて日影さまから残りの飴を受け取り、そのまま1つ口に入れた。あ、やっぱ不味い。

「美味いの?」
「…いえ、不味い、です。」
「なんだそれ。」


 二人して不味い飴を黙々と舐める。


 やがて先に食べ終わった日影さまが、さっきよりも柔らかい表情で俺を見た。


「――変なヤツだな。…しかも俺より喋らないし…。」
「…ゴメンなさ…あっ。」



 ――その後、口から零れ落ちた飴を拾った指がベタベタになって放心する俺を、日影さまが呆れ気味に洗面へ連れて行ってくれた。
 明日は屋敷の庭を案内してやる、と少しだけ優しく笑う姿が、格好良いなと少し照れた事を憶えている。


 引っ張られた腕が痛いより熱い事を不思議に思ったのは、就寝時間になって目を閉じる直前になってからだった。


 おわり

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