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狼と忠犬
「注文が無かったので瓜生家に来た直後の話」(1600000キリリク)

「中学に上がるまでの間、日影様とできるだけご一緒して、似せようと思わなくてもいいが理解しろ。」

 急に出来た『父親』からの命令。
 自分が身代りになる相手が、忘れる事の無かった『彼』だった事だけが救いだった。彼の為なら死んでもいいとは思えないけれど…見た事もない深窓のお坊ちゃんよりはずっとマシだ。

「近衛…友近?」

 胡乱気に俺を見た俺の主は、当然昔の事なんて憶えていなかった。
 あの頃の面影を僅かに残して…けれど、アノ時にみたはずの笑顔はもう無い。

「しっかりやれよ。」とこちらも見ずに行ってしまった『父親』を無言で見送りながら、これからどうしたらいいのだろうと考えていた時、「オイ。」とヒカゲ――いや、日影さまが俺に声をかけた。

 失礼のないように、失礼の無いように。何度も教えられた言葉を呪文のように頭の中で繰り返しながら振り向けば、「ボケっとすんな。」と叱られた。


「いつまでもこんな部屋に居ても仕方ない…行くぞ。」

 行く?どこへ?
 俺の返事など待たずに、日影さまは部屋を出て歩き出す。その後を、慌ててついて行く。
 長い廊下を何度か曲がれば、行き止まりの部屋へ通された。頭を下げて入れば…俺の元家族が全員で寝ていた場所ぐらいの広さの部屋に、ベッドや机や棚が置いてあった。
 机には見た事のある学校の教科書とか、知らない本がたくさん並んでいて、ここが彼の部屋なのだと知る。

「………?」

 なぜ俺はこの部屋へ連れて来られたんだろう。
 二人して扉の前で立ったまま、無言で時間が過ぎる。そのうちに日影さまが「…ああ〜…っ。」と首の後ろに手を回し、がりがりと掻いた。

「―――お前、近衛の息子なんだろ?何年?」
「…6年、です。」

 失礼の無いように、失礼の無いように。
 大人の人に言うように丁寧な言葉で。
 使い慣れない敬語に、若干詰まる。目の前の懐かしいはずの少年に、自分はまだどう接したらいいのか掴めないで戸惑っていた。

「…そうか、なら俺と同じだな。学校――どうするんだ?」

 その話は…聞いて無かった。

「……たぶん、同じように…。」
「行かないのか?」
「……たぶん。」
「ふーん。」

 日影さまは少し驚いたように俺を見て、それから机の教科書に目を向けた。


「――まぁ、義務教育なんか…学校行かなくても家で勉強してりゃ卒業させてくれるけどな。」


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あきゅろす。
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