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狼と忠犬

 人通りの少ない時間帯に出歩くようには見えない、小柄な少年。
 明るく染めた髪は時間をかけてセットされたのだろう。勝気そうな表情と相まって、親衛隊などでよくいるような平均的な生徒だな……そう考えて、目の前の少年を思い出した。

「ああ……鼻血を両方の穴から出した、金沢君でしたっけ。」
「鼻血のことは良いんだよ!お前が殴ったんだろうがっ。」

 廊下中に響くんじゃないかという金切り声で、怒られた。
 そう、金沢は数週間前に俺が制裁した相手だ。

「君みたいな小柄な生徒が、人気のない場所でひとりでいると危ないですよ。」
「……それをアンタが言うんだ。」
「あの時は、呼び出したと思いますけど。」
「そうだね。それで僕は1週間学校を休んだ。」

 そう言って皮肉気に笑うその顔は、染みひとつ無い綺麗なものだ。
 鼻も折れることなく、目の周りに青タンが出来た程度――だった、かな。
 眼帯ひとつで登校出来るような怪我でも、部屋から一歩も出ない彼等のような生徒はある意味凄い。

「僕みたいな人間が、こんな所を用もなくひとりでウロウロする訳がないだろ。アンタを探してた。……1人でも、ないし。」

 金沢が振り向けば、すぐ後ろの階段の角からのっそりと大柄な男が姿を現した。その顔に見覚えは無いが……意図は、わかった。




 今はもう解散したとはいえ、日影さまの親衛隊員だった俺が問題を起こす訳にはいかない。
「僕の彼氏だよ。」と自慢げに紹介された生徒が場所を変えようと提案してきた時に、だからこそ、その意図を知りつつも頷いた。

 風紀の見回りがある第二校舎から少し離れた裏庭で、振り向きざまにボディーブローを喰らった。

「……っ!」

 予期していたとはいえ、重い一撃はやはり痛い。
 きつく握り締めた拳が俺の腹にめり込んで、爪先が一瞬浮いたかと思った。

「へぇ…ヤっくんのパンチで倒れないなんて、凄いね。」

 いや、普通にキてますけど。

 カメラが壊れる方がマズイと…さり気なくケースを床に落とす。間一髪で二発目が飛んできた。回し蹴りでしたけど。
 同じ場所に喰らった蹴りは見事に俺を吹っ飛ばした。

「が……っ、」

 嘔吐一歩手前で、込みあげた胃液を飲み込んだ。
 多少零れてしまった唾液は転がった地面を汚す。躊躇いのない攻撃は慣れなのか、俺に対する敵意の現れなのか、おそらく両方なのだろう。

「―――受け身もとらないのか。」
「………。」
「まぁどちらにしろ、金沢の礼はキッチリ返させて貰うけどな。」
「ぐ、ぅ…っ。」

 俺を見下ろす男を無言で見上げれば、冷たい視線を外さないまま、大きな足が振り下ろされた。


 それから数分―――もしかしたら、数十分。
 金沢が満足するまで、ヤっちゃんと呼ばれる金沢の恋人は俺に報復をし続け、俺はその間……一度も抵抗も防御もせずに彼等の復讐を受け入れた。

 勝つか負けるかはわからないが、反撃する事は容易い。
 けれどそれは風紀を呼ぶことになるだろうし、第一、反撃されれば彼等はまた繰り返すだろう。

 元親衛隊員同士の問題事なんて以ての外だ。


 身体に刺青を入れられたあの痛みに比べたら、こんな程度は屁でもない。

 これは、俺の責任だ。
 因果応報。地べたに額を擦りつけ何度も咳き込みながら、そんな言葉が浮かんで消えた。


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あきゅろす。
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