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狼と忠犬
フィルムは入ってないんです
「……あ。」

 風紀室のブラインドが下ろされて、俺は思わず声をあげた。
 望遠レンズから目を離せば、向かいの校舎の窓などただの四角い枠だ。凄いぞ望遠。ブラインド閉まったけど。

 日差しがキツくなるこの時間帯は、ブラインドを下ろされ白一色になった窓の景色が変わる事は無い。三脚からカメラを取り外して、ケースの中に仕舞っていく。
 早くしないと風紀の見回りが屋上までやって来るだろう。入口に置いていたつっかえ棒を退けてから、扉を開けて周囲を確認、ゆっくりと階段を降りた。



 俺が日影さまのお世話の一切を外されたことが、なぜか数日後には近衛さんにバレていた。

『日影様のサポートを外れたと思ったら、えらく珍妙な同好会に入会したんだな。』

 電話越しの声からは、どんな心情も汲み取れなかった。
 同好会とはいえ生徒会への申請は必要で、そこから保護者へ連絡が入る事は知っている。ストーカー対策考案同好会と聞いて珍妙と例えた近衛さんに、俺は「はぁ」としか答えられなかった。その後、思いつきで「世の中の役に立とうと思いまして」とか言ってしまったけれど良しとしよう。

『そこへ入学したのはお前の意志を尊重してだから、帰って来るのも、何をするのも、自由にしなさい。』

 そう言った近衛さんは、どこか面白がっている風でもあった。日影さまの眼鏡に適わなかった俺に対して、含むところも感じられない。
 嫌われるだけでは飽き足らず、側にいる事すら許されない己の不甲斐なさが苦しかった。近づけないことは仕方がないけれど、俺の努力が足りなかったばかりに、日影さまにも不快な思いをさせてしまったのではないかと……そればかりが、苦しかった。

 はやく、日影さまの目指す方向を把握して、少しでもお役にたてるように影から支えられる人間にならなくては。


 肩から提げたケースはそれなりに重量があって、慣れるまで歩く姿勢が斜めになった。今ではなんとか早歩きでも体勢は崩れないが、こんな荷物を抱えている姿を誰かに見られるのも、出来れば避けたい。
 風紀とかち合わないルートを通りながら、歩調を速める。

 近衛さんと電話で話した次の日に、なぜかこの望遠カメラ(脚立付)が寮に送られてきた。何か欲しい物はあるかと聞かれたので、双眼鏡が欲しいとは言った。すると送られてきたのが…なぜか望遠カメラ(脚立付)だったのだ。

「……色々と、見透かされてる気がする。」

『バードウォッチングにでも使いなさい』
 そんな一文がメモとして同封されていた。完全に違う用途で使用しているけれど、たぶんお見通しなのだろう。
 写真は撮っていませんが、離れていても日影さまの姿が見られて嬉しい。






「――――おい。」

 ご機嫌に闊歩する俺の背後で、呼び止めようとする声がした。
 この時間、この渡り廊下を歩く生徒は少ない。ただ、ゼロではないのだから、その声が俺を呼んでいるのだとは思わなかった。

「おい!」

 無視して進む俺の背後から、更に大きな声が響く。
 もしかして、俺ですか?
 風紀が巡回ルートでも変えたのだろうかと振り向けば、小柄な生徒が息を切らせながら仁王立ちしていた。どこかで見たような、栗色の髪の少年。

「……俺でしょうか?」
「アンタ以外に誰がいるんだよ―――久しぶり。」

 憎々しげに、といった表現がピッタリの顔で少年が俺を睨みつける。
 久しぶり……という事は、久しぶり、な訳だけれど。



 ――――誰、でしたっけ。



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あきゅろす。
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