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狼と忠犬
side日影
 無知である事は罪ではない。
 しかし知ろうとしないまま安穏と生き続けることは、愚かだ。




 風紀委員の選出は、毎年1月に行われる。
 4月の生徒会役員任命と被れば何かと不具合も生じるだろう事もあり、風紀委員だけは年明けと同時に代替わりするのだ。
 新1年生は4月までは中等部に在籍しているので、入学するまでの4ヶ月間は、卒業のため引退した3年生が結局は活動する。
 なら春からでも同じではないのかと言えばそうでもなく、命令系統や引き継ぎなど3年生が在籍している内に完璧に終わらせてしまい、1年生も使えそうな生徒は青田買いしておきたいといった思惑が働いている。

 高等部に上がってから頭角を現した生徒や外部生などは、その都度勧誘。
 上手くいっているのかいないのか、現在の風紀委員の数はさほど多くもない。

「―――もう少し、人数を増やしてもいいんじゃないのか」
「ああーそうかもなぁ。誰かさんがずっと風紀入りを渋ってたせいで、副委員長が不在のままだったからソッチまで手が届かなかったんだよなぁ」
「……俺の所為だって言いたいのかよ。お前の怠慢だろ」
「ははは、面白い事言うな」

 軽やかに笑う早苗を決して見ないように仕事する他の風紀委員達を横目に、目の前の男の何がそんなに恐ろしいんだと呆れる。

「ほらほら、そんな怖い顔してたら皆が怖がるだろ」
「全員委員長様に怯えてんだよ――――おい、そろそろ巡回の時間だから担当場所に向かえよ?」

 とりあえず1年生に声をかけたつもりが、なぜか他の上級生までが「はいっ」と返事をして全員出て行ってしまった。
 待機する人間も残さないで、何やってんだよ。

「今期の風紀は大丈夫なのか…」
「強面の副委員長さんも入った事だし、問題無いだろ。また風紀の人気が上がって、抑止にもなるし万々歳だよな」
「な訳ねーだろ」
「愛想を振りまけとまでは言わないが、威嚇はするなよ?」
「……まだ殆ど風紀室からでた事が無いですがね、委員長様?」
「上の人間は仕事が多くて困るよな、はっは」

 そう言って優雅に茶を飲む男の机には、書類一枚置いてはいない。しかしそれは早苗が仕事をしていないといった話ではなく、既に必要な仕事は終わったのだ。
 俺は自分の目の前に山積みにされた紙の山と、開いたパソコン画面を埋める文字の羅列に眩暈がした。これが、この現実こそが目の前の男と自分との差なのだ


「―――真面目な話、1年生からの風紀の選出はお前に頼もうと思ってたんだよな。なにせ、来年には委員長なんだからさ、今の内から使える手駒は揃えておかないと」
「は?委員長は毎年3年だって話だろ」
「俺は2年だけど」
「それは去年の委員長が、もう役を降りたいと思ったのか……お前の方が相応しいと判断しただけだ」
「そう、だから俺も、来年はもっと相応しい後輩に席を譲りたい訳だ」

 言っとくけど、家云々は関係ないからな。
 念を押す付け加えられた言葉に、動かしていた手を止めた。顔を上げた先にいた早苗の表情からは、何も読みとれない。

「―――言われなくても、引きずり落とすつもりで仕事はする」

 今の俺には、なにもかもが足りない。



 何かを望むのなら、力が必要で。
 努力も無しに手に入るものに価値は無い。無様だろうが惨めだろうが、それが今の俺なのだ。



 ――――ふと、背後に視線を感じた気がして振り向けば……離れた校舎の窓ガラスに光が反射していて、思わず眩しさに目を眇めた。
ブラインドを下ろして仕事に戻ろうと席に着いた後で、なんとなくもう一度振り返る。

 
 当然そこにはブラインドしかないのだけれど、何故かずっと気になったままでいた。


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