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狼と忠犬
side真壁
 枕元で、携帯が申し訳程度の低音でお気に入りの曲を流す。
 手に取ればいつもの起床時間で、最後まで聴き終る前に音楽を消した。

「うー……。」

 真っ暗な室内でもそもそと起き上って、カーテンを開けてから日課のように壁に目を向け―――気落ちする。
 そこは何も無い真っ白な壁で、昨日まで隙間なく貼ってあった写真は、一枚もない。アイツが持って帰ったのだから当然だ。これからは、新しい写真を貼ることさえ許されないと釘まで刺された。

 パソコンに保存していたデータまで全消却とか、馬鹿じゃないだろうか。素直に教えた僕も馬鹿じゃないだろうか。
 貴重な体育写真も、大浴場からの風呂あがりも、高等部に入って滅多にない喧嘩ショットさえ消えた。全部。全部だ。誤解のないようにいえば、僕は彼を崇拝しているのであって、決して性的な目で見た事はない。彼になりたい訳でもない。いや、数日だけならあの完成された人間としての生を送くってみたいとも思うけれど。

「ううー…。」

 脳内ではスラスラ饒舌に語れるのに、いざ声に出そうとすればつっかえる。

 悔しい思いで、携帯のデータを開いた。
 たった一枚だけ残す事を許された写真が、画面いっぱいに現れて安心する。今日から、この一枚だけが僕の宝物なのだ。
 そしてそれを強要した能面のような生徒を思い浮かべて、苦い息を吐いた。

「ス、ストーカー同好会って……なんだよ。」

 意味がわからない。
 そもそも、あの男の考えている事はいつもよく解らない。
 僕と同じ、瓜生君を崇拝しているようには見える。でも、彼の所属していた親衛隊とはまた少し違って。
 男として好きなんだろうかと調べても、そんな気配も無く。かといって、僕のように眺めていたいだけなのかと思えば、そうでもない。

 ただ……以前みた、滑らかな肌に鮮明に描かれた龍を思い浮かべて途方に暮れる。

 僕とも違う。誰とも違う。
 あんな犠牲を払ってでも彼を守るその精神が、僕には到底理解できなかった。なにひとつ見返りさえ求めないその姿に、絶対に適わないとこうべを垂れたからこそ―――今までだって、黙って従ってきたんだ。

「で、でも、それとコレとは……ち、違…。」

 いきなり近付いた距離に恐怖さえ感じるのは、僕が根っからの引きこもりだから。
 写真を撮る以外はほとんど部屋にいて、誰とも話すことさえ無い。いくら僕自身が認めた男が相手だとしても、気が重い以外の何物でもなかった。




 リビングへ出れば、同室者はいつものように外出していた。
 まだ朝早い時間なのに彼がいないのは、つまり、夜から帰ってきていないから。中の上程度の容姿に反して、同室の生徒はその辺り結構奔放なようだった。ひとりになりたい僕としては、願ったりかなったりの存在だ。

 さて、食パンでも焼こうかと棚を開けた瞬間、なぜか部屋のインターホンが鳴った。

「げ」

 こんな時間に、同室者が留守している部屋に訪問する人間など―――1人しか知らない。
 恐る恐る開けたドアの向こうには、やはり涼しい顔をした近衛友近が立っていて。反射的に閉めようとした扉には、しっかり足が挟め込まれていた。

 ガン、と結構大きな音がして、扉が大きく開かれる。ひ弱な僕など、あっという間に反動でよたついた。


「おはようございます。」

 ニコリともせずに発される挨拶。
 毎度毎度、同じようなシチュエーションで自分でも情けない。さっきまで、ほんの少しだけ、コイツは凄い奴だと敬服しそうになっていたのは、絶対に間違いだった。
 なぜなら近衛は、手にしていた紙を僕に向かって掲げて見せながら悪魔のように口元を歪めたのだ。


「そういえば昨日の書類なんですが…サインだけだと少し心許ないので、印も貰っていいですか?できれば拇印で。」


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あきゅろす。
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