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狼と忠犬

 そうだった。
 昨日の『餞別』が、日影さまとの初めてのキスでは無かったのだ。なぜ忘れていた。

「……衝撃過ぎて、最後の方で夢とゴッチャになってたの、かな。」

 いや、でも確か次の日ぐらいまではフワフワっとした感覚で憶えていた気もする。
 女装して久豆見会長に追いかけられた後、日影さまの部屋に匿っていただいて、気がつけば長い睫毛が至近距離で見えた。で、今みたいに鼻血もだした。

 カーテンの隙間から零れる明りを頼りにベッドから這いずり落ちて、床に転がっているティッシュの箱を探す。
 2、3枚引き抜いて鼻の下にあてながら、なぜ頭から抜け落ちていたのかを思い出す。


 …それよりも、もっと衝撃的な出来事が起こったからだ。

 翌日も、日影さまの部屋へ入れていただき―――ベ、ベッドとか寝室の匂いで興奮した俺が……粗相してしまったからだ。
 あ、違う。刺青も見られた。

「………。」

 鼻を押さえていない方の手で、なんとなく憶えている場所に手を添えようとしたけれど、硬い身体が邪魔をして届かなかった。
 仕方がないので思いっ切り指先を延ばして、背中を触ってみた。当然、痛みなんてのはとっくの昔に消え去っていて、感じるのは服の感触だけだ。




 一度目のキスは、きっと俺が、何か気に触ることをしてしまったんだろう。黙れ、なんて意味合いの怒りに似た行為だったんだと思う。
 初めての接触は、日影さまの部屋で恥ずかしげもなく下半身を反応させてしまった俺への呆れとか、家に対して敏感な日影さまに…刺青なんてモノを見せてしまった罰、なのかも知れない。
 そして、最後は『餞別』だ。

 日影さまに対して邪な想いを抱える俺に、気がついて嫌気がさしてしまわれたのかも。

「いや、でも邪っていうか…そんな人様に顔向けできないような破廉恥な事は…いや、時々朝起きたら夢精してたりぐらいは…え、でも別にそんな日影さまを穢したりとかは…うん、別にやましい夢とかはみてない…いやでも夢精したらソコでアウトか…?いやいや…。」

 ただ普通の格好をした日影さまが夢に出てきたり、昔の思い出だったり、遠目からみた笑顔だったりするだけで……変態か、俺は。


 そう思ったら、なんだかそれが正解のような気がしてきた。

 ――まさか、日影さまはこんな俺が気持ち悪くて、関わりたくないと思われたのかも知れない。

「えー……ええ――…。」

 まだ鼻を押さえたままで、俺は床に倒れ込む。
 なんだかちょっとだけショックで、鼻の中がツンとした。でも多分それは鼻血のせいだ。




 関わるな、と言われてしまった。


 あと数時間で夜が明ける。
 早朝の掲示板には、新たな風紀委員で、しかも籍の空いたままだった副委員長が誰になったかを知らせる掲示が貼りだされるだろう。

 家として関わることは出来ない。
 食事も作りに行く必要もない。
 親衛隊は解散。
 風紀副委員長は、学園中のほとんどの生徒が知るようになるだろう役職だ。

 どんどん遠ざかる距離。
 3年だけの繋がりでも良かった。嫌われていても、側にいられる理由があれば良かった。――でも今はもう、それすら無い。


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あきゅろす。
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