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ビフ赤短編集
秘密のチョコレート
今日は周りが浮き足立っているような気がする。
「御侍、これは一体何だ?」
レストランの装飾も普段と違い、赤いリボンや、ハートの飾りがあちらこちらで確認できた。
「ふっふっふっ…。来週にね、バレンタインがあるんだよ、バレンタインが!恋する乙女の季節!!チョコレート菓子が売れるんだよー!」
そのための準備だという。来週なら早いのではないかと言えば、バレンタインフェアというもので2週間限定で商品を出すらしい。企画だよ、き、か、く、と何時になくやる気満々の御侍に、レストランで働いていたマネージャー食霊たちの目が見る見るうちに死んでいく。ああ、彼らはまた薬漬けの日々が待っているのか…。お金を稼げることにかけてはこの御侍、容赦なく食霊を馬車馬のように働かせる。それも鮮度切れになった食霊に対して回復薬を用いるほど。ああなった御侍は止められないのを知っているので、私はただ彼らが解放される日が来るまで見守っていることしか出来ない。
「バレンタインはね、愛する人に贈り物をする日だよ。」
「誰かと思えばチョコレートか。ん?御侍の話と違うが…。」
「バレンタインでチョコレートを贈るのは日本ぐらいだと言われているよ。ドイツでは薔薇を贈ることもあるんだ。」
ほら、とどこから出したのか分からない真っ赤な薔薇の花束を見せられた。それを横に向けたかと思えば、タイミング良くコーヒーが通りかかった。
「受け取ってくれるよね?」
「はぁ…。相変わらず薔薇なのか。」
「違うものが良かったかい?」
「……。」
無言で立ち去ったコーヒーを追うようにチョコレートもどこかへ行ってしまった。何だったんだ、一体…。
ビーフステーキは二人を訝しげに見送ると、何を思ったのか御侍の元へ向かった。
「御侍。」
「はーい?」
返事を返した御侍は、マネージャ食霊たちに指示を出しつつ、スケッチブックに何やら書いていた。
「それは何だ?」
「ああ、これ?」
手招きされ覗き込むと、そこにはチョコレートを使ったスイーツの絵があった。
「限定商品の案をねー。ある程度出来たから後は試作かなぁ。それが終われば晴れて商品化。チョコレートに手伝ってもらおうと思ったらコーヒーにちょっかいかけてるし…、いやぁ、困ったもんだねー。」
困った、困った、と言いながらも御侍はどこか嬉しそうだった。
「そういや、何か用があって来たんじゃないの?」
「ああ。バレンタインは贈り物をする日なんだろ?」
少し驚いたように目を見開いたが、御侍は微笑を浮かべながら立ち上がった。
「チョコレートの入れ知恵かな?で、相談内容は何を渡したらいいか分からないってとこでしょ?」
まさにその通りでああ、と短く答えた。
「誰だって贈り物は嬉しいもんだけど、特別なのが良いなら作ってみる?」
「は?」
作る?何を??
困惑気味に見つめ返すが、御侍はニヤニヤと笑ったままだ。
「チョコレートもいっぱい仕入れたし…、常備してあるお酒もまあまああるんだよねー。」
御侍は戸棚から出したウィスキーの瓶を揺らして笑うが、いまいちその真意が掴めず首を傾げた。


「まずはチョコを溶かすとこからかなー、って、ちょっと待てい!!チョコレートを直接火にかけようとしないで!!」
「溶かすんだろ?」
「湯煎っていうものがあってだなぁ…。」
懇切丁寧な説明でクーベルチュールを湯煎がけして溶かすのだが、御侍が温度計を持ってきてはボウルの中に突っ込んで何やら真剣に目盛りを読んでいる。
「おっけー。チョコが入ったボウルをこっち持ってきて。」
言われるがまま濡れ布巾の上に置く。すると、また温度計をチョコレートに突っ込んでじぃ、と見ている。
「御侍?」
「ちょっと待って、あともう少し…。よし、そんじゃまたお湯の中につけて。」
「ああ。」
何やら良く分からないが、御侍は納得いった顔をしている。
「テンパリングって作業が必要だったんだよー。よく説明しなくて悪かったね。」
手早くパレットナイフでチョコを掬い、大理石の調理台の上に薄く伸ばした後にそう言われた。
「この作業をしないと上手くいかなくてね…。」
「そもそも、何を作っているんだ?」
「ウィスキーボンボン。チョコレートよりもお酒の方が好きだろ?赤ワインは。」
にしし、と悪戯が成功したみたいに笑う御侍に、少し照れくさくなり頬を掻く。
「この作業さえ終わればそう難しくないよ、型に流し込んで余分なチョコを落としたらガワが出来る。そうすれば、ウィスキーを注いで蓋をするだけ。」
簡単だろ?なんて言ってのけるが、それは御侍が手慣れているからで、辺りに飛び散るチョコレートの残骸を見てため息を漏らした。
「私に出来るのか…。」
「出来なかったら赤ワインに馬鹿にされるだけだと思うけど?」
あいつに馬鹿にされる?
ムカッときて、啖呵を切った。完璧に作ってみせる、と。
「合格。」
ニヤリと笑った御侍とバレンタインまで特訓が始まった。


「出来た…。」
「お疲れ様ー。んじゃ、ラッピングはこっちでしとくから明日取りに来てくれればいいよ。」
「…ああ、すまない。」
バレンタイン前日、やっとのことで完成したものは自分で言うのも何だがそこそこなものになったと思う。最初なんか型に流し込もうとして零す。何とか流し込んでも上手くガワが作れない、凸凹して形が悪い。ガワが出来てもウィスキーを入れすぎてしまう。上手く蓋が出来ない。などなど、数えきれないほど失敗を繰り返したが御侍は怒ることはなかった。「大丈夫。」「もう1回しようか。」「上手い、上手い。やるじゃん。」不器用な自分でも作れるように手伝ってくれたが、最終的には自分一人で1から作るところまで見届けてくれた。
「明日か…。」
一週間の成果をあいつの口に入れるまでは終わりではない。気合いを入れ直すために自分の両頬を叩いた。
「…とうとう、イカれたか。」
しかし、不覚にもそれをあいつ、赤ワインに見られた。
「なっ!なぜ、貴様がここに居るんだ!!」
「それは俺様の勝手だろう。まあ、貴様がそうやって自分を痛めつけるド変態だったとしても、今日のところは見逃てやろう。感謝するんだな?」
ふっ、と鼻で笑った赤ワインはそのまま私の横を通り過ぎて行った。いや、その前に言わねばならないことがある。右腕を掴み、あいつを阻んだ。
「…何だ?俺様は用があると言ったはずだが?」
「言われっぱなしは癪に障る。昨日も私の下で腰を振って強請っていたド変態には言われたくなくてな。」
「なっ?!」
パッと手を離し立ち去る。その時、後ろから「貴様!!それとこれとは話が違うだろう!?!?おい!!!」と慌てふためくあいつの声が聞こえてきてくつくつと笑った。


当日。私は御侍から1つの箱を受け取った。黒い箱に詰められたチョコレートが見えるように、プラスチックのケースに入れられていた。その上から赤いリボンで結ばれている。
「ビーフステーキにはここまで出来ないと思ったから、適当に入れといてあげたよ。ほれほれ、行ってこい。」
何故か御侍に馬鹿にされた気がしなくもないが、ぐっと抑え、「行ってくる。」とチョコレートを手にして厨房を出た。
「結果を聞くのが楽しみだなぁ。しっかし、素直じゃないようちの食霊たちは。全く…。」
「旦那、こっちは準備出来たが…。」
「ふはっ…。らしくないのは自分もか。焼餅、開店するよ!今日もじゃんじゃん稼ぐぞ!!」


さて、これをどうやって渡そうか。
赤ワインの部屋の前まで来てみたものの、そもそもあいつが受け取るとも考えられない。
「置いていくか…。」
「何をだ?」
後ろから聞こえてきた声に驚いて素っ頓狂な声をあげた。
「赤ワイン?!?!」
「ここは俺様の部屋だぞ。居て悪いことなど何もないが?」
胡乱気な眼を見てかぁぁと顔に熱が集まる。
「はぁ…。とりあえず入れ。話があるんじゃないのか。」
「いや、話はないが…。」
「この箱は?置いていってどうするつもりだったんだ?」
何故か怒っている赤ワインがよく分からず、腕を引かれて部屋に入る。後ろで扉の閉まる音がした。
赤ワインは箱をじっと見つめたあと、そこから1つ取り出し、徐に口に入れた。ゆっくりと味わうように目を瞑り、咀嚼し、ごくり、と飲み込んだ音が静寂を守り続けた室内に響いた。
「ふん、悪くはない。」
たった一言ボソリと呟き、サイドテーブルに置いてあった赤い箱を私の手の上に置き、部屋から出ていった。
「あいつは何をしたかったのだ…。」
手渡された箱は黒いリボンで結ばれていた。それを解き、開けてみると中身は生チョコだった。付属のピックで1つ口に入れると、途端に熱で溶け、控えめな甘さとフルーツの香りが口いっぱいに広がった。仄かにアルコールも感じられ、悪くない味だと思った。

また食べたいと思ったが、どこの店のものかは箱を見ても分からなかった。
赤ワインに後日聞いてみても「さあな。」と答えるだけで何も教えちゃくれない。
「御侍は知らないか?」
「さあねぇ。」
御侍もクスりと笑うだけで、あの生チョコは結局何も分からずじまい。
「赤ワイン、あたしの果実酒知らないか?」
「さあな。どっかの馬鹿の腹の中だと思うぞ。」
そんな会話があったらしいことを、私はバレンタインが終わってから聞いたのだった。

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