B その瞬間、周りがどよめいた。息を飲む者もまでいる。 携帯カメラやデジタルカメラのシャッターを切る音。 変な噂が立ってしまいそうでハラハラする。 「さ、帰ろ。」 しかも声まで甘いような気もする。 きっとわざとだ。 わざわざ見せつけるために。 あまりに芝居がかっていて、一瞬眉を寄せたが俯いているから誰も気づかないだろう。 促されるままに歩を進めようとすると遠巻きにしていた野次馬の1人が慌てたように駆け寄ってきた。 「あの、海斗さんですよね、モデルの。 私ファンなんです。 サインとかいいですか?」 「ごめんね〜。 今日は仕事終わりで疲れた顔してるからさぁ、また今度ね。」 「でも……」 「せっかく君と一緒に写真撮るんだし、完璧な顔で残したいじゃん? だから……そうだ。この子、俺の弟なんだけどぉ。」 「え、弟さん!?」 「そう。まぁ色々訳あって、腹違いだけどネ。」 「あ………」 「ここだけの内緒の話だよ。 だからね、こうやって時々迎えに来るからさ、サインとか写真はその時にね。 あ、それからこの子、祐介(ユウスケ)て言うんだけど、仲良くしてやってねぇ。」 軽くウィンクしながら笑うと、女の子の顔がブワッと赤くなった。 あぁ、完全に落ちたな。と思った。 チラリと伺うと赤い顔をしているのは彼女だけではなかった。小柄な男性まで頬を赤らめていた。 まったく………罪作りだ。 志岐海斗(シキカイト)は雑誌やショーに引っ張りだこの人気モデルだ。 いろいろなファッション雑誌の表紙で見にする機会が多い。 コマーシャルの契約が何件もあり、テレビでも見ない日はないくらいだ。 その人気者がそう有名ではない大学にきたのだ。 今やちょっとしたパニック状態になってしまった。 学校には申し訳なく思うがこの騒ぎがこれより大きくなる前に帰りたい。 弟−−− 海斗が言ってくれて少しは牽制になったはずだ。 人集りの向こう、彼がビックリしたように目を見開いているのが目の端で分かった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |