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「そう、命。こうやって俺たちが食べる物は全て生きていた物でしょ?
 スーパーでパックのお肉なんか買ってるからつい忘れちゃいそうだけど、肉や魚だけじゃなく野菜もみんなね、命あるものだから。
生きるって必ず誰かの犠牲の上に成り立ってるって事でしょ。
 だからね、その命に対して犠牲にして食べます。あなたの命は一滴たりとも無駄にしませんていう意味の『いただきます』。」
「新山さんて聖職者みたいっすね。」
「まさか! そんなに綺麗な人間じゃないよ。逆に凄く狡いから……、せめてそんな風に思いたいだけ。偽善だって自分でも思うけどね。エゴでしかないんだろうけど、こんな仕事をしてから余計そう思うようになったよ。」
そう、小さく笑った。

確かに偽善的だ。

正直、いつもなら鼻で笑っていただろう。

新山さんが言う、『こんな仕事』とは新薬開発。
俺たちの仕事は病気や怪我を少しでも早く、少しでも楽になるように成分を見極め、薬効を何パターンも試し、調合し開発するのだ。
その過程で必要になるのが動物を使った生体実験。
今はコンピューターでもある程度の予測は出来るがラットやマウスに投薬する臨床実験は必要不可欠だ。
困っている人たちのため、とはいえ犠牲を払っているのは言い逃れの出来ない事実。
確かに入社したての新人が最初に躓く難関でもある。

命を守るために犠牲にする命。
入社1ヶ月くらいで辞める理由のほとんどはその矛盾に耐えられなくなるというのが多い。

何かの犠牲がなければ、すべての生物は生きられない。

その根本が、食べる、と言うこと。

だからせめて、感謝は忘れない。
誰が偽善的だと嘲笑えるだろう。
今まで全く考えなかった訳ではない。
誰もが一度は思い馳せるだろう。
それでもいつの間にか生きている事は当たり前で、命は等しく同じなのだと忘れてしまう。

優劣なんて、ありはしないのに。

急に恥ずかしくなった。



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