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ちょうどお昼時。食堂は社員たちでごった返していたが運良く窓際の二人掛けのカフェテーブルに陣取って向かい合わせに腰を落ち着けた。
俺はペペロンチーノ、サラダ、コーヒーとレアチーズケーキ。目の前にはサバの塩焼き、ほうれん草の白和え、ご飯に味噌汁の純和風。それにプリンアラモード。
大人なんだか子供なんだか分からないし品選びにちょっと和んだのは秘密だ。
「新山さん、プリンとか食うんですね。」
「え、あぁ、うん。結構好きなんだ、甘いもの。」
初めて知った。
入社して本当に初めて一緒に昼飯を食ったのだ。何もかもが初めて、だ。
ちょっと新鮮。
「ゴチになります。」
「うん、召し上がれ。」
笑って新山さんは箸を取り、親指と人差し指の間に挟んで手を合わせた。
そしてゆっくり目を閉じて「いただきます」と静かに言う。
遠い昔、確か幼稚園でそうやってから食べるんだと教わった気がする。
懐かしい、食前の挨拶。
今時そんな事わざわざしてる大人もいるんだ……と感心したような鼻白んだような。

だけどその一つ一つの所作がなんとも言えず優雅で見とれてしまった。
ざわついていた食堂が一瞬静まったような錯覚を覚えた。

目を開いた新山さんがちょこんと首を傾げた。
「はっ……」
頬が熱い。
「何……?俺の顔になんかついてる?」
じっと見詰めていたからだろう。新山さんは自分の顔をあちこち触ってゴミがついていないか確かめだした。
「あ、いや。な、なんでもないです! ただ、いただきます、てこんな所で言う人珍しいなって思って。」
新山さんはますます不思議そうな表情になった。
「ん、言わない?」
「あんまり…店とかじゃいいませんよねぇ。」
かんぱ〜いとかは言うけど。
俺もここ何年か家でも言った記憶がない。
今日はさっきの「ゴチになります」が挨拶代わりだ。
「新山さんはいつも言ってそうですね。」
真面目だから。
「そうだね……言うね。」
やっぱりクソ真面目だ。
「店で言う人、俺の周りじゃあ新山さんくらいですよ。初めて見ました。」
「そうなんだ。普通だと思うんだけど。
 そう言えばニュースで見たかも。
 代金を払ってるんだから言う必要がないって子供に教えているとこ。」
まぁ、俺の考えもそんなもんだ。
農家の人、料理してくれた人への感謝の言葉。それが「いただきます」「ごちそうさま」。
そう習った。
だからそれが代金と言う形で支払われているんだから、言う必要はない。
道理は通っているとは思う。
だからって感謝してないわけでもない。
ちゃんと感謝しつつ、まぁ言うのが恥ずかしいってのが本当の所だ。
それを毎回してる新山さんは本当に真面目なんだろう。
「でも違うんだけどなぁ。」
「え?」
新山さんはサバを解しながら呟いた。
困ったように眉尻を下げるものだからなんか、……訳もなく抱き締めたくなる。
いやいや、そうじゃなくて。
新山さんとの食事は思いのほか、会話が進む。
と言うか、話を聞きたい。

「何が違うんですか?」
「ん、いただきます、て言葉。確かに作ってくれた人達への言葉ではあるんだけど、本当は『命を戴きます』て事らしいよ。」
「命?」


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あきゅろす。
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