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そして…………。


「ハル、明日は墓参りいくぞ。」
春生を膝に乗せ頭を撫でながら今日メールで決まった事を伝えた。
「ん?」
しかし意味が分からないのだろう、不思議そうに見上げてくる。
「出掛けるんだよ。和音も一緒。」
「にぃ?」
「そう、久しぶりに休みが取れたんだって。」
「ふうん。ケぇンはぁ?」
「もちろん一緒に行くよ。」
そう伝えると嬉しそうに笑った。
今の春生は短い言葉の世界で構成されているようだ。
昔のように少し遠慮がちな声で「健人」とは呼んではもらえない。
それでも健人の名だけはなぜか間を伸ばす。
甘えたような声音。
それが自分だけなので健人は嬉しくてしょうがない。
健人をケぇン、和音をにぃ、そして義理の両親がパパ、ママ。
ほとんどの名詞は二文字にしてしまう。
こちらの話す内容は理解できていたり、いなかったり。
それでもコミュニケーションに不自由はあまり感じない。

だが初めはご近所の人たちにもあれこれ言われた。
あの事件の被害者であったこともどこからか広まって、興味本位に根堀り葉掘り真相や春生のことを聞かれたり奇異の視線を浴びた。
春生が住むのを反対する人もいたくらいだ。
春生は被害者でしかないのに、自分たちの不利益になるのではと無意味に騒ぎ立てる相手に何度も歯噛みした。
だが両親は何も気にせず春生を住まわせ庭で遊ばせ、さらに散歩や買い物に連れ歩いた。

そのせいか、元々素直な春生はやがて受け入れられ今ではすっかり商店街の人気者だ。
毎日母と行く買い物ではいろんなものを貰ってくる。
母は春生がいると家計が助かると冗談を言うくらいだ。

穏やかな日々。
あの治療の日々が嘘のように。

本当の両親である新山夫妻は2年前、海外の空港爆破テロに巻き込まれて亡くなってしまった。
明日はその月命日を口実に和音と連絡を取ったのだ。
和音は春生の事があってから、薬学科に転科し今は研究所勤めだ。
二人は最近になってようやく親友に戻れたような気がしていた。
だから時々、こうやって3人で会う。

「ほら、だから風呂に入るぞ。」
「え〜、や、やぁ〜」
風呂が嫌いなわけではなく、構われるのが嬉しいのだろう。
機嫌良くケラケラ笑いながら転げまわる春生を捕まえ抱き上げた。
「ケーキもあるから後で食べような。」
「う〜〜〜〜、うん?」
キャッキャと声を上げしばらくジタバタ暴れていたが、やがて観念して首に手をまわす。


その春生がそっと耳に唇を寄せる。


時々、ある。

不意に。

それは突然に。

なんの前触れも、なく。


「けんと。」


「健人。」


甘やかな声が耳をくすぐる。



「あのね、





 健人、



 だぁすき。」




涙が出るほど、嬉しい言葉。


春生は稀にまともに戻る時があるんじゃないかと思う。


医者は無い、と言うけれど。

現代の医学では、治療は出来ないと言うけれど。



「うんとね……えっと、



 えぇっとぉ

 
 ……………健人、愛してる。」




そんな言葉をくれる。



「あぁ、ああ、俺も愛してる。
 誰よりも。」


こんなに幸せでいいのだろうか。
自分は加害者だ。
和音に対しても後ろめたさがある。

でもそれ以上に嬉しくて。

抱き上げた手にぎゅっと力をいれる。


「世界で一番、大好きだよ。」


もう、まともだろうがそうじゃなかろうが関係ない。


どんな春生でも、愛おしい。


だから誓う。


一生を捧げる。


だから願う。


明日も晴れるといい。


ずっと晴れるといい。



もう君の世界が白く霞むことがないように。



君の幸せを、君の隣で永遠に願う。




           Fin



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