④
そうして、春生の治療の日々が始まった。
父親の言うとおり麻薬を抜くための治療は壮絶だった。
壮絶なんて一言では語れないほど……、どんな日本語を用いたらいいのか、健人には分からない。
数時間ごとにやってくる禁断症状に泣き喚く春生抱きしめ、暴れ時には自傷に走るその手足を拘束しなければならなかった。
健人や看護師に対して異常なほど攻撃的になる時もあったし、怒声罵声を浴びせることも度々あった。
花瓶を何度投げつけられたか。
かと思うと、突然甘えた声を出し舌なめずりして卑猥な言葉を口にする。
突然意味不明な事を早口で喋りまくる。
あの春生が、と何度目を疑ったか。
３年間で人格はすっかり変わってしまったようだった。
夜中に春生が、泣き喚く。
抱きしめながら、健人も泣いた。
見ているほうが麻薬には絶対手を出さないと思うほどに。
何も出来ない自分を嘆いた。
春生を殺して自分も後を追った方が春生の為なのではないかと考えたくらいだ。
それだけではない。
それまで過ごしてきた日々は想像した、いやそれ以上に過酷だった。
それは春生と一緒に保護された他の女の子や少年たちの証言から明らかになった事だ。
最初は言葉巧みに近寄ってきて、ナンパのように声を掛けられて子や、モデル事務所に所属しないかと騙されて付いて来た子もいたらしい。
だが騙されたと気付くと騒ぎ始める子供が多い中、春生は一番大人しく従っていたという。
その大人たちの目的はやはり裏で客を取らせること。
売春、ＡＶの撮影やハプニングショーなどでその場で淫らな行為を強要された事もあったらしい。時にはＶＩＰと称される仮面の客にいいようにされ、抵抗すれば暴力に麻薬。
海外から密輸された強力なドラッグの公開実験のようなパーティやショーもあったという。
その中でまことしやかに流れていた噂が、下手に抵抗すると海外へ売られてしまったり殺され臓器を売られるという話だった。
恐怖で子供達の抵抗心を削いでいたのだろう。
まだまともだったころに、やはり家出してきたがまさかそんな事をさせられるとは思っていなかった子が泣きじゃくっていると、春生がそっと寄ってきて逃がしてくれようとした事もあったそうだ。
途中で見つかってその時は２人とも長時間に及ぶ酷いリンチとレイプを受けたらしい。
その少女もいつしか抵抗を止めた。
そんな生活を、３年も春生は送っていた。
その後遺症のような幻聴幻覚も春生や患者達を苦しめた。
時には健人を、医師や看護師を誘うことすらあった。
そんな時は涙をこらえ必死にただ抱きしめた。
治療期間中、春生が健人の体につけたひっかき傷は一つや二つではない。
今もその傷痕は残っている。
自殺した子もいたという話を聞いたのは数ヶ月後に立ち上げられた被害者の会の意見交換会の時だ。
正気ではない春生がまだ楽なんじゃないかと思えるくらい肉体的精神的ダメージを受けた被害者は多かった。
真相が明るみに出てしばらくマスコミを騒がせたが、それも一カ月もすると芸能人の犯した詐欺事件に消えてしまった。
それでも、当事者たちには終わった事件ではなく何年も続いた。
ようやく薬物から解放されても委縮してしまった脳は元には戻らず、春生は今４～５歳の知能しかない。
そんな春生を当初、本当の両親は施設に預けるといった。
健人の両親が引き取りたい、と申し出ても世間体を気にした春生の両親はなかなか首を縦に振らなかった。
何度も３人で出向き、ある時は和音も一緒に頭を下げたりしてようやく話し合いに目処がついたのは春生の退院が現実になった半月前。
春生が保護され、入院治療が始まって２年半を過ぎた頃だ。
そうして春生は健人の弟になったのだ。
「本当は婚姻届で同じ籍になりたかった………」
戸籍の写しを見ながらポツリと呟く。
「お前大学まで卒業して、ばかになったな。
ここは日本だ。残念ながら、どんなに愛し合っていようが男同士は結婚出来ない。」
「………父さんって、意地悪な人だったんだな。」
そんな事は分かり切っている。
しかしこんな会話が出来るようになって、変な話前よりも家族をしていると思えることが嬉しかったりもする。
この両親との養子縁組みの実は健人が心変わりをした時のためのもの。
もし将来、誰か結婚したいと思える女性と出会ってしまった時、春生の面倒は自分たちで看るからという事だ。
春生が健人の重荷にならないように。
その為に、健人の養子ではなく両親の養子と言う形をとったのだ。
同じ館林姓だが、意味合いは大きく違う。
そんな事をありはしないが、その親だからこその心遣いと優しさが有り難かった。
だから何も気付かないふりをする。
子供っぽく、兄弟ではなく夫婦になりたいのだと拗ねてみせる。
守られる子供でいることも親孝行の一つの形なのかもしれない。
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