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君に捧ぐ

日差しがずいぶん柔らかく、春らしくなった。
もう少しであの子の誕生日が来る。
あの子は、春に生まれたから。
春風のようなあの子にはぴったりな名前だと思う。

「いい子で待っていて、ケーキを買ったから。」

ビジネスバッグを持つ手とは逆の手に持った小箱を少し持ち上げて一人微笑んだ。
傍から見たら不気味だろうか。
いや、その男の笑顔は本当に幸せそうで、見ている者も幸せのお裾わけされたような気分になるかもしれない。
何より誰もが振り返るようないい男だ。
頬を赤らめる事はあっても、不気味に思われる事はまず、ない。

健人は今年、27歳になる。
大学を無事卒業し、彼は商社に就職した。
部署は花形の海外事業部や営業ではなく、経理部。
月に何日かは残業で忙しくしているが大体が9時から5時。
決して楽ではないが比較的決まった時間に帰れる部署になんの不満もない。
今日も今日とて、電車を降りたのは5時45分。いつもと同じ時間。
それから駅前でケーキを4つ買い、どこにも寄らずに帰宅する。
お土産は毎日変わるが、それが今の健人の日常だ。

階段をたたっと軽やかに上がってチャイムを鳴らすと、涼やかな声とともに扉が開いた。
「ただいま、母さん。ハルは?」
「お帰りなさい。今日も仏間よ。最近お気に入りだから。」
「また変なものを気に入ったね。」
「写真があるからじゃないかしら。
春ちゃんのマイブームよ。
アルバムの写真まで持ち出して並べてるわ。」
「そうか。
なんか思うことがあるのかもしれないね。
しばらく好きにさせてやって。
あ、これケーキ買ってきたから食後に出して。」
「分かってるわよ。
本当にあんたはいいお父さんね。」
「恋人って言ってよ。とりあえずハルのところにいるから。」
「だったらお風呂入っちゃって。春ちゃんも一緒に。」
「分かった。」

ネクタイを緩めながら仏間に足を向け、襖を開けるとふわふわの白髪が目に飛び込んでくる。
「ただいま、ハル。」



うつぶせに寝っ転がって、折り曲げた足をブラブラさせていたらしい春生はぱっと起き上がった。
母親の言葉通り、遺影から写真立てからアルバムまで所狭しと並べられている。
「おかえり、ケぇン。」
首を傾げ見上げてふにゃりと笑う。
近づいて頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
抱き寄せておでこにキスをする。
自然と背中に回る腕につい頬が緩む。

愛おしい。



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あきゅろす。
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