異常
「……帰せない、とは…どういう事ですか」
淡々と紅髪の男は問い掛ける。
その黄金の隻眼は研ぎ澄まされた刃物のように俯く男に突き付けられた。
「っ…わ、儂は喚べても帰せんのだ!」
ゴッ!!
…再び男は床に突っ伏した。
「本っ当に使えない男ですね…!」
咳き込む背中を思い切り下駄で踏み付けて彼は吐き捨てる。
その様子に呆然としていた密もハッと我に帰り、慌てて叫んだ。
「暴力は止めて下さい!殴られるって痛いんですよ!」
「痛くしてるんですから痛みを感じるのは当たり前です。その為にやっているんですから」
「っ…そんな…!」
足の下で抗議の悲鳴を上げる男を尚も踏み付ける彼を前に困惑が隠しきれない。
この人は人を傷付ける事に対して何とも思っていないのか。
「お願いします、止めて下さい!可哀相じゃないですか…!」
「…チッ…煩い女ですね」
煩わしげに舌打ちし、足を背に乗せたまま彼は振り向いた。
先程坊主頭の男に向けられていたのと同じ光を帯びた眼光が自身に向けられて、思わず身体が竦む。
「…君はこの男の心配ではなくご自分の心配をしたら如何ですか」
「…え?」
「その点に関して随分と落ち着いているようですが、君は今自分がおかれている状況をちゃんと理解していますか?」
現実を知れと突き付けられたその言葉に密は口を開く事が出来ない。
今、自分がおかれている状況は異常だ。
それを心の何処かで、もうそれ以上考えないように無意識の内に抑制していた。
だって、明らかに『異常』なのだ。
胸騒ぎに、吐き気がした。
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