一ノ章 嘆きの鴉と謳う魔女
1
自分達はずっと、魔能力者を憎んで来た。沙刀は両親を・・・、盧杞は双子の妹、百合香を・・・、魔能力者に奪われた。
その憎むべき敵が目の前にいるかもしれない。その化け物が、再び日常を壊そうとしているのかもしれない。
なのに、盧杞は、いたらなんなんだ、と言った。
魔能力者がいる事に、もしかしたら犯罪者が目の前にいるかもしれないのに、まるで自分達には関係無い、と言っているかの様で・・・。
どういうつもりだと、沙刀は口を開いて、盧杞に言おうとしたが、口から言葉が発することはなかった。
お互いの無言が暫く続く。
そして、先に言葉を発したのは、盧杞の方だった。
「・・・・ごめん・・・沙刀」
明らかに動揺して、呆然としている沙刀を見て、少しだけ気持ちが冷静になったのかもしれない。盧杞はハァ・・・と溜息を吐きながら掃除道具入れにめり込ませていた右手を、ゆっくりと沙刀の左頬にふれた。
しかし、沙刀は反応することはなかった。
「酷い事は言うつもりじゃなかったんだ・・・。だけど、沙刀が、アイツの事を疑って、無理矢理椎葉まで巻き込もうとしてたから・・・」
椎葉は、いや、椎葉だけでは無く、クラスの友人は、誰一人、沙刀や盧杞が8年前、魔能力者に家族を殺されたということも、自分達が、ソイツラを、そいつ等の国アルタシア王国を滅ぼしてやろうなんて、憎んでいることもしらない。
だから盧杞からすれば、その、友人達に対して、苛立ちをぶつけ八つ当たりをしているかにも見えた沙刀が許せなかったのだ。
盧杞は反応の無い沙刀を、ぎゅっと抱き寄せ、沙刀の耳元に優しくユックリと語りかける。
「ねぇ、沙刀・・・、俺にだって、ちゃんと魔能力者を憎む気持ちはあるよ?だけど・・、俺にとって、学校は唯一の憎しみを忘れることの出来る場所なんだ。だからせめて学校では・・・人を憎む事も、疑う事も忘れていたいんだ」
「・・・ろ・・き」
やっと動揺していた気持ちが落ち着いてきた沙刀は、ノロノロと盧杞に目線を合わせた。
すると、先ほどのキレた顔ではなく、いつもの優しい顔をした、盧杞に戻っていた。沙刀を気遣えるほどに落ち着いていた盧杞を見て、少しだけホッとして、自分を抱きしめていた盧杞をぎゅっと抱きしめ返す。
「・・・さっ・・・沙刀?」
沙刀の突然の行動に驚く盧杞。普段の沙刀ならば、こんな、行動を起こすことは無い。だから余計に、沙刀の行動にオーバーに驚いてしまった。顔が若干赤くなっている。
それを見て、沙刀はニッと笑った。
「ハハ・・・いつもの盧杞だ」
そして、沙刀は、
ぎゅう
盧杞の左頬を、思い切り抓る。
最初は沙刀に抱き合っていたことに照れていた盧杞も、あまりの痛さに段々とそれどころではなくなってきた。
「ちょッ・・・・・痛いよ?!」
「ウルサイ。馬鹿力で人の事ビビらずからだ。当然の罰だからな」
「ハイ・・・」
そうして盧杞は暫く沙刀の罰を抵抗することなく受けたのだった。
AM9:30
授業終了20分前の出来事だった。
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