文章館
『払われた手』:リナ様よりいただきましたシンルクの切ない小説です!!
そうだ、目の前に指し伸べられたこの手を取ってしまえれば。
少しは隙間が埋まるのに。
僕の中の時間が揺れる。
さぁ、どうする。
〜☆払われた手☆〜
まず、今の状況に混乱した。
会うはずもない人との遭遇。
何故こんな所にいるんだ、とか他の奴らはいないのか、とか色々考えたけど、答えが見つかるはずもない。
もはやそんな事は問題ではない。
だけど今度は耳を疑った。
目の前で、緩やかな風に朱い髪を揺らすこいつが零した言葉。
『一緒に、来いよ。』
こいつは頭がどうかしているのか?なんて思った。
たしかにその言葉は僕に向けられている。だってこいつが持つエメラルドグリーンの瞳には、僕が映っているから。
時間が止まる。
まるで僕の周りだけこの場面から切り取られたかの様に時間が、止まった。
嗚呼、僕は何を考えているのだろう。
何の為にここまで。憎みながら、いや憎むだけで生きて来たんだ僕は。
何も欲しくはない、だって僕は所詮出来損ない。何かを求める腕を、僕は持っちゃいないんだ。
声を、出さないと。
頭ではそう思っているのに心がついていかない。動揺だ、こいつは僕に感情という波を投げつけてくる。
『なぁ、俺と一緒に…』
やめてくれ、その瞳で、そんな瞳で僕を見るな。
大体僕もどうかしている。
そうだ、初めてあんたを見たあの時から、囚われた、僕自身が一瞬で。
交わした言葉だって多くはない、同じレプリカだからと言う理由だけじゃない。
馴れ合いたいわけじゃないんだ、同じ傷を舐め合う事は無意味だと。
そんな事はわかっているんだ。
けれど、理屈じゃない。
緩い風がすぅっと抜けて僕の髪を揺らした。
まだ言葉はでない。
きっと僕は今情けない顔をしてしまっている。
力無く垂らされている両手にぎゅぅと力を入れて。
僕は一体どうしたいんだろう。
いつかのイオンの顔を思い出した。
あいつは僕は僕なんだと言える強さを持っていた。
僕は、到底そんな事は言えない。
本当は判っている。だってこの今の気持ちは僕だけのものだろうから。
情けなく歪んだこの表情だって、僕だけのものなんだから。
それに、こいつに囚われた時から知っているじゃないか。
これと同じ色の瞳を僕は知っている。
アッシュ。
そのアッシュと同じだなんて思った事はない。
こいつは、こいつだ。
だったら僕だって被験者イオンとも、あのイオンとも違う。
ただ、僕には、強さがない。それを受け入れる、勇気がない。
だって今までずっと、こうやって生きて来たんだ。何処か憎む事で、それだけでなんとか自分を保ってきたんだ、僕は。
すっと、黙り込んでいる僕に指し伸べられた手。
多くを語る必要はないと、そう思った。
嗚呼、この手をとってしまえたらどんなに良いのだろう。
この手を握って、守ってやる、と言ってやれたなら。
「…情けは、いらないね。」
ぽろりと零れてしまった僕の言葉。
やっぱり言えない。
その手は、取れない。
いや、取ってはいけないんだ。
一層風が強く吹いて。
『情けなんかじゃ…。俺は、シンクがっ…。』
僕の目には手を差し伸べたまま、悲痛に顔が歪んでいる朱い髪が映る。
こんな顔をさせたいわけじゃない。
その唇に、そんな言葉を吐かせたいわけじゃないのに。
こいつを生きる理由に出来たらどんなに良いか、腕の中で不安に揺れる瞳を守ってやりたい。
けど、僕は。
優しさも、温もりも知らない。
知るのが恐いのかも知れない。
そうだ僕は僕でしかない。生まれ堕ちた運命。
いつか消えるその日まで変わる事なんて出来やしない。
誰も、変える事何て出来やしない。
守りきれない、抱き留めてやれない。
それに、その手を取るには、僕の手は汚れ過ぎた。
僕は、ぱしん、とその手を叩き落とした。乾いた音が、空気に溶ける。
「次会う時は、本気でいくよ…。」
震えそうになる声をなんとか搾り出して。
後悔なんてしていない。
ただ、あいつの目はもう見れなかった。
そのまま僕はくるりと背を向けて歩き出す。
これで、いいんだ。
もう自分の中には何も残ってなんかいないんだ。
いや、初めから何もない、か。
あいつは太陽だ。
それならこの選択は間違いじゃないんだ。
だってあいつが太陽なら、きっと僕は月だから。
相容れることは、ない。
僕は、いつか消えるその日まで。
ただ、やるべき事をやるだけだ。
その果てにあるものが、永遠の闇でも。
あいつの涙でも。
けれど、もしもその手を取れたなら。
少しは。
この隙間が、埋まったかもしれない。
温もりを、知れたかもしれない。
けれどいつかどうせ失うのなら、初めから手にしない方がいい、そう思ったから。
どうか、その手で、僕が突き放したその手で。
僕に最後のとどめを刺して。
背を向けて歩く途中、振り返ることなんて絶対できない。
あいつの顔なんか簡単に想像できるし。
それにきっと僕は、泣いているから。
だから、呼び止めないで。
もう、僕の名を呼ばないで。
End
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