連載
喜哀歌〜5〜
簪を受けとる手は、らしくもなく少し震えていて、何だかちょっとだけ笑えてしまった。
――喜哀歌――
「…………ありがとうございます。日番谷さん。」
乱菊は微笑んだ。
恐らく涼子に会いに来たのだろう――――………そう勝手に決めつけて乱菊は簪を握りしめた。
そう言えば、この人に会うのも今日で最後なのかもしれないのよね………。と、乱菊は日番谷と二人、庭に備え付けられてる椅子に座りながらふと思う。
今まで、自分を贔屓にしてくれた客には全員には挨拶をしたが(客からは全員に『行かないでくれ』と泣きつかれた。)この方にはまだ出ていくことを告げていない。
そう。ここを出ていけば。
会うことは、もう、無い。
乱菊は笑みを浮かべる。
何を当たり前の事を。
今までにだって散々出会いと別れを繰り返してきたじゃない。
特にあたしはそれはもう沢山の娼館を渡り歩いてきたんだから別れなんて、今更辛くないわ。
特にこの人は、お得意様でも何でもないしね。
「日番谷様。」
この名を呼べるのは、あと何回あるのかしら?
「私、身請けされるんです。」
あぁ。
日番谷の瞳が陰りを帯びた。
やや伏し目がちになりそのまま下を向く。
そして小さく『そうか。』と呟いた。
あたしはもっと、娼館(ここ)にいたかった。
「身請けされることは、あたしにとって嬉しいことです。」
にこり、と乱菊は笑う。
日番谷の瞳は、見えない。
「でも。」
「もう少し、ここに居たかったなぁ。そう思うんです。」
日番谷の肩がぴくり、と動く。乱菊は微笑んだまま、自分の言ったことに驚いていた。
何故、誰にも言うまいと思った本心を、彼に言ってしまったのか。
乱菊は分からないし、解らない。
もしかしたらあまり会ったことのない、顔見知り以上知り合い未満の人に感情を吐露したかったのか。
きっとそう。乱菊は結論付けて話を進める。
「私は、誰に身請けされるか知りません。」
名前も、顔も知らない。
もしかしたら、会ったことのない人かもしれない。
ここから、遠く離れたところへ行くのかもしれない。
それでも良いのよ。仕方がないのよ。
あたしが選んだのは“茨の道”。
容易くはない、その道で。
光があると信じてる。
だから、あたしは、敢えて言うのよ。
「日番谷様。」
「また会いましょう。」
二度と忘れることのできないような笑みを。
薔薇のように気高く、牡丹のように美しく。
鮮やかに。鮮やかな。色づいた笑み。
これからの未来を彩るような笑み。
乱菊は椅子から立ち上がる。そして背を向け歩き出した。
振り返らない。
振り返らない。
振り返らない。
振り返らない、と決めたから。
乱菊はいつの間にか歌を歌っていた。
美しい旋律。
喜びと悲しみが込められた、歌詞。
そんな歌を歌いながら乱菊は目を切な気に細めた。
それでも、乱菊は、笑っていた。
―続く―
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