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短編
不機嫌のこぶし











「今日は機嫌が悪い!」






前の席のアホメガネに指までさされてそう言われて、一層機嫌が悪くなった。

その指を掴んで、本来曲がっちゃいけない方向に向けてやると、ぎやあ、と、小田は悲鳴を上げた。

「だからどうした」
「いたいよ雷くん…あ、つーか当たった?」

黒い太い縁のメガネの奥を涙目からすぐに喜々とした顔に切り替えて、小田が俺の机に両肘をつけて身を乗り出してきた。

「どうしたんだ。お兄様と喧嘩?」

かと思えばちょっと真剣な顔になる。無視して顔を背けたら、情けない声でもしもし雷くーん、と鳴いた。

小田はこのクラスで唯一、俺に声を掛けてくる変わった奴だ。まぁ、今までもこの手の変わった奴ってクラスに一人はいたけど、こいつは結構粘り強い。

こいつが心配するように、兄貴とはもう随分、まともに話していなかった。用がないなら掛けてくるな、と電話をブチ切ったのは、他でもない俺だ。





「………何でそんなこと言ったんだよ?」
「………」

あんまりしつこいので、放課後教室を出てから零してしまった返事に、小田は思ったより深刻そうなリアクションを返してきた。

「………知るか」

自分でも、本当に分からなかった。

兄貴と、話したくないわけない超話したい声聞きたい。

でもあの時はどうしてか、ぽろりとひどい言葉が出ていた。

傷つけた、かな。

「つーか、お前どこまでついてくんの」
「え、一緒に帰ろうよ。途中まで一緒じゃん」
「うぜぇ」
「さみしー」

しゃべりまくる小田の言葉を9割9分無視しながら昇降口を出て、ゲタ箱で靴に履き替えて、外に出る。校庭を抜けて道路に出ても、本当に小田はついてきた。

「水上、それはでもさ、先輩に謝った方がいいって」

何の話の流れかは分からなかったけど、その話のくだりで、ぴくりと耳が反応してしまった。

「………何で俺が」
「いや、何で水上がそんな事言ったのか俺には分からないけどさ、今近くにいないんだろ?朝起きたら仲直り、なんてできないじゃん」

それは、むかつくくらい実感してる。朝起きても兄貴はいない。今までは俺が怒った朝には兄貴が笑いながらおはようって言って、くっついてきてくれたから、ケンカが長続きしたことなんて、今までなかった。

「兄弟でも、配慮は必要だろ。大事じゃないみたいに扱ってると、友達とか彼女の方に行かれちゃうぞ?」






ぶわっ、と妄想が広がる。




知らない奴らに囲まれて、楽しげに笑ってる兄貴。兄貴が優しげに笑えば、周りは好きにならないわけがない。


実際、兄貴は知らないだろうけど、こっちの学校に通ってた時だって、兄貴のこと好きな奴なんていっぱい居た。しかも男女問わず。

数回家に遊びに来た花屋の息子も、体育祭の写真に写ってた大人しそうな女子も、その隣にいた強気そうな女子も。編入前に兄貴が話してた不良グループの奴らも。





やだ。




超、やだ。






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あきゅろす。
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