番外編
3
「…って、うお!」
目がこちらを向いた。光を帯びた黒い眼。驚いたように見開かれた後に、じいっと見つめられる。その無遠慮とも無防備とも言える視線を、俺もじっと見返した。
「…こんにちは」
厚めの唇に挨拶をされる。
「…こんにちは」
挨拶を返すと、きょとんとしているだけだった瞳に、喜々が浮かんだ。コーヒーにミルクを落とした様にじんわりと、しかしはっきりと分かる変化だった。
男が立ち上がる。背はそれほど高くは無い。筋肉もさほどなさそうだが、姿勢が良いので頼りないという印象は受けない。黒の学生服。当然だがこの学園の制服ではない。
「…どこの生徒だ」
男は戸惑ったように答える。
「えーと…俺、今日から編入してきた2年A組の水上長雨っていうんですが…」
「ああ」
編入生。聞いている。納得した。ならば、どちらにせよ明日会うことになる。
振り返って歩き出した。
「…あのすいません、」
しばらく歩いたところで後ろから声をかけられて振り返った。
「何だ」
焦ったように水上長雨がついてくる。傍まできて、若干見上げてきた。睫毛が、黒い。
「…あの、俺道に迷ってしまいまして、大変恐縮なんですが寮への道を教えていただけないでしょうか」
口調は丁寧だが、必死な態度だった。編入生は相当頭がきれるらしいと聞いていたが、どうもそうは見えない。簡単に他人に頭を下げてくる人間など、この学校にはまずいない。
踵を返して歩き出す。
水上長雨がついてくる気配がしなかったので、もう一度振り返った。
「…あの…?」
「来ないのか」
「はい?」
「寮に行きたいんだろう」
きょとんとした眼をした後に、水上長雨がほっとため息を漏らして笑んだ。
「助かります」
どうしてこいつはこんな顔ができるのだろうか。
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