番外編
2
随分と長い時間、そいつは黙っていた。
俺は夕陽が入ってくる窓を見ていた。光が染みて目が痺れてくる。
「あの…垣代先輩」
やっと話し出した。視線を戻すと潤みを帯びた瞳が俺を見上げていた。
ど、と、胸に衝撃。突然身を寄せてきたその男に、俄かに嫌悪感を覚えた。肌が粟立つ。
「僕…先輩が好きです…!」
好き?
聞き飽きる程言われた言葉だが、未だに理解出来ない。
何だ、それは。
ふと、気配を感じて廊下の方に目をやった。誰かいる。こんなものを見て楽しいのだろうか。
「突然こんな事言われて先輩が困るのは分かってるんです。でも、僕の気持ちどうしても知っていて欲しくて…」
目の前の男の震える声がほとんど耳を素通りする。廊下の男が扉に背を預けて座り込むのが分かる。指先だけほんの少し見えた。
「分かった」
あんな指の持ち主がいただろうか。新入生か。
「それじゃあ…!」
「じゃあな」
話は終わった。廊下の男を確認しようと、踵を返す。
「せ、先輩!それ、OKって事ですか?」
腕を掴まれた。がっしりと図々しく触れられるのが耐え難い程不快だった。振り返り様に振りほどく。
「………何がだ」
「え、だから、僕と付き合ってもらえるんですか?」
付き合う?
「…お前はさっき自分の気持ちを知って欲しかったと言った。だから分かったと言った」
「じゃ、じゃあ、知ってもらった上でお願いします、僕と恋人になってください!」
俺はこの男の名前すら知らない。
「断る。メリットが無い」
男が一瞬呆然とした後、顔を歪めて、うっと呻き、廊下へと駆け出した。今度こそ話は終わった。
俺も廊下に出て、扉に座る男の横に立った。男はさっきの男が駆けていった廊下の奥をぽかんと見つめている。この学園では割合珍しい黒い髪。学生服を着ている。外部の人間か。
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