番外編
8
ぐずぐずと、部屋を出ていけないでとうとう夜になってしまった。水上から電話はない。外が何だか騒々しくて、ちょっとだけ扉を開けてみる。
「七海!このバカ!」
四季姉の声だった。七海がようやく帰ってきたらしい。夜10時を回ってる。
「うるせぇ。お姉ちゃんには関係ないし」
平手打ちの音がした。あーあ。
扉を閉めた。変わってない。バカの巣窟。俺の家。
電話が鳴った。
体が震えて、思わず携帯を落とした。拾えない。武田じゃない。きっと武田じゃない。
何度か鳴り続けて、留守電に切り替わった。アナウンスが流れて、ピーっという音が流れる。
『一之瀬?』
ああ、
水上長雨だった。本当にかけてきた。俺の居場所をつきとめるために?俺を騙すために?
『えーと、水上、長雨です。あの、なんていうか』
「どこにいるんだ?」と
「心配だから場所を教えてくれ」と
言うのか。
俺を騙すのか。
『ごめん。俺の事でたくさん悩ませたんだと思う』
は、
その言葉を聞いた瞬間、膝をついていた。
水上長雨が転入してくると知って、不安で眠れなかった。
砂川達にリンチを依頼した翌日、本当に水上長雨が学校に来なくて、怖くなって何度か吐いた。
水上長雨の部屋に乗りこんだ瞬間、後悔と恐怖で体中震えていた。
そうだ。
俺はたくさん悩んだ。
だけど、俺は、悪いことをした。
『学校は…やめないで欲しかった。一之瀬は俺が嫌いだったんだと思うけど』
俺は悪いことをした。
俺はお前を傷つけたろ、
水上。
『元気でいてほしい。またな』
ばらばらと目から何かが零れ落ちた。頬に触れる。俺は泣いてる。電話が切れる。
頭がぐちゃぐちゃになった。だけど本当は、頭の芯は澄みきっていった。嫌だ。気づきたくない。
俺を、俺なんかを、水上長雨は嫌っていない。
俺なんかを、騙そうとなんてしていない。
ならどうして俺は、水上長雨が俺を騙す程嫌っていると、思っていたんだろう?
『ろ、六くんと、水上くんには…な、仲良くして、欲しいんだ。なのにあんな…水上くんが怒っちゃうよ』
『水上くん、六くんの事嫌いなのかなぁ…六くんにはいいところがたくさんあるのに』
『六くん、成績なんて気にすることないよ。水上くんにだってすぐ勝てるよ』
『水上くん、高見沢くんの同室なんだね。また誰かに襲われたら、また六くんが三位になれるね…』
『六くんがやったの…?水上くん、浅野くんと何か相談してた…危ないよ、六くん』
『六くん、た、大変、だよ!六くん、生徒会に知られ、てるよ…!』
『水上くんと、生徒会が手を組んだみたいだ。六くん、もしかしたら今後、まともな進路にはつけないかもしれないよ』
『水上くんが君に電話をするかもしれない。君を心配する素振りをするかもしれない。でも、居場所を言っちゃだめだよ。騙されないで、六くん』
『騙されないで』
ああ、
騙したのか、武田。
お前が、俺を、
お前が俺を騙した。
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