番外編
7
携帯を見つめている内に朝が来てしまった。布団に潜り込んだまま、壱が仕事に出掛けて、次郎が原稿に苦しむ声を聞いた。七海はまだ帰ってこない。
7時を過ぎて、8時を過ぎて、9時と10時を過ぎて、それでも水上からの電話は無かった。安心するのと同時に、やっぱり、と思った。
11時になった頃、扉がノックされた。次郎かな。
「六、俺」
びっくりした。参だ。
「開けるから」
参が扉を開けた瞬間、ふわわ、と香ばしい醤油の匂いが漂ってきた。これは、
「四季のチャーハン。お前、昨日から何も食ってないだろ」
参の事だから「ここに置いておくから」で出て行くんだと思った。だけど参は出ては行かずに、二段ベッドの脇に座る気配がした。自分の分も持ってきたらしい。「いただきます」と何の感謝もないような声のトーンで行って、チャーハンを食べ始めた。
「六、冷める」
ぐー、と、留めをさすみたいな参の一言と自分の腹の音に、俺はむくりと起き上がって、二段ベッドを降りた。チャーハンの乗ったお盆を挟んで参の向かいに座る。皿を手にとって、食べ始めた。うまかった。四季姉。
しばらく黙々と、二人でチャーハンをかき込んだ。俺より少し早く食べ終わって、参は、唐突に言った。
「俺、男が好きなんだ」
口の中のものを吹き出しそうになった。決して見ないと決めていた参の顔を、正面から見てしまった。参は四季姉と似てきれいな顔立ちをしている。だけど、そういえば、一年前はここまでじゃなかった気がする。
参の眼はまっすぐだった。壱兄みたいに、水上長雨みたいに。
「ずっと前からな」
知らなかった。気づかなかった。俺の中では参はいつもロボットみたいで、人を好きになったりしない生き物だと思ってた。
「お前が家を出てしばらくして、色々あって、壱に全部バレた」
壱兄に。
参は淡々と言う。
「二週間無視された」
秘密を打ち明けた身内に冷たくあしらわれるのがどんなに辛いか、俺には分からない。俺はそんな目に遭ったことがないからだ。
「だけど15日目の夕飯に、夕飯って言っても深夜だけど、壱は俺に寿司買ってきてくれた。スーパーので、消費期限ギリギリで40%引きだったけど」
参は笑った。ほんの少しだけ。俺のためだけに。
「壱はそういう奴だったろ」
それだけ言って、後は黙った。
ああ、そうだな。そういう奴だった。
頑固で、オバケとかホモとか自分の許容外の事は苦手で、怒らせると超怖くて、でも自分が怒ってしまった事をすごく気にする。謝れないタチで、何かをあげるのが「仲直りしよう」のサインだ。
チャーハンをかき込む。四季姉のチャーハン。家族は誰も好きじゃない、俺だけ好きな薩摩揚げ入りだった。
参を見る。もうロボットの顔に戻って、あぐらをかいて退屈そうに壁を見ている。
俺はチャーハンを、かき込む。
かき込みすぎて、うまく飲み込めない。
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