番外編
5
次郎が壱の肩を叩いて、落ち着けとかなんとか声を掛けてる。
「げぇ、六、鼻血」
伍郎が俺に駆け寄ってきた。金髪ピアスのクセに、昔の兄貴ヅラに一瞬戻って、ヘラヘラ笑いながらも咎めるみたいに壱を見た。
「………やりすぎじゃね?壱兄。六もひでぇけどさ」
意外なくらいしっかりした態度で伍郎は言って、四季の方も見た。
「四季姉だって、ひどくね?あんな事言われたら俺だってキレるし」
伍郎が、すげー『兄ちゃん』で、それが余計苦しくて、嫌だった。
俺は駆け出した。次郎が俺を呼んだ気がした。だけど外に出るような無謀さはなくて、二階に駆け上がって部屋に入って扉を締めた。
俺は特別だろ。
こんなバカしかいない家の中から、成績も万年トップで、名門高校にまでいった俺は特別だろ。
布団の中に潜り込む。携帯を開く。
誰からも着信もメールもない。
誰からも。
誰一人からも。
どれだけそうしていたか分からない。次郎や伍郎が扉越しに話し掛けてきたりしたけど、全部無視した。鼻血を止めるにもティッシュが見当たらなくて、手も枕も血塗れになった。
ふと、携帯が震えた。
夜中だった。チカチカ隅のランプを青に緑に光らせながら震えるそれを鷲掴みにして開く。光る小さな画面には『武田』の文字。
一も二もなく通話ボタンを押した。
「よう!武田か!?」
声は震えも掠れもしなかったと思う。やっぱりこいつには俺が必要だった。相手はしばらく黙ってる。泣いてんのかな。
「何黙ってんだよ。平気だって。俺なら何とか逃げ切ったからさ」
『………六くん?』
ぎくりとした。あれ?武田だよな?
「………何だよ?」
『よ、よ、よかったぁ。ぼ、僕もう、心配で、心、配で…!』
ほっと、体の力が抜けたのが分かった。よかった。武田だ。間違いない。
「ははは、心配すんなって。お前こそ大丈夫かよ?」
何だか急に色んな事が懐かしくなって、苦しくなる。
「一年の時だって、俺がいなきゃお前一人ぼっちだったよな。覚えてるか?俺の弁当にお前茶ぶっかけて…」
「うん、覚えてるよ」
あの時は、自分でもよくまぁ大人な対応が出来たと思う。笑って「バカだな」と言った一年前の俺は、何だか物語の主役みたいにキラキラしていた。
それがどうだ。一位はとれず、それどころか水上長雨のせいで三位からも転げ落ちそうになって、ヤンキー達に水上長雨を襲わせた。
依頼した翌日、本当に水上長雨は学校に来なくて、ぞっとしたのを覚えてる。怖かった。自分が手を下さないで他人を傷つけるっていうのは、とんでもなく楽で、簡単で、怖かった。
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