番外編
5
『斉藤、てめぇふざけんなよ』
『何してくれてんだよ馬鹿じゃねぇの』
『マジぶっ殺す』
どれも奴等の常套句だった。けれど全てを本気で言われたのは初めてで、俺は初めて生徒を怖ぇと思った。
すぐに他の教師が止めに入って俺は無傷だったが、当然その出来事は職員の間で問題にされた。大抵の教師達は『彼らは留年を防ぐ術である水上長雨を失った事で斉藤先生に怒りをぶつけた』と言ったが、それは違うと俺は思う。俺の胸倉を掴んだ四堂や、罵詈雑言をぶつけてきた仲間達の眼は、今にも泣き出しそうだったのをよく覚えている。
四堂達の処分は厳重注意で何とかおさまった。
それからしばらくして、奴らは俺のところにその漫画本の詰まった紙袋を持ってきた。どうやら、長雨の特待条件に『首席キープ』が含まれている事をどこからか聞いたらしい。
「四堂達に電話してやれよ」
まず間違いなく、『長雨が漫画にうつつを抜かして勉強がおろそかになり、元の学校に戻ってくる』なんてことは無いだろうし、四堂達からその作戦を聞いた時には少し笑ってしまって危うく殺されかけたけれど、馬鹿にすることは出来なかった。俺も奴等の気持ちはよく分かる。
「おう」
長雨が重そうに袋を持って、それでも嬉しそうに笑う。
せめて長雨がこれを読む時、一瞬でもあいつらの顔を思い出せば、作戦は上出来だろう。
「じゃあな」
「え、もう行くの?」
そんな顔するな、と言いたくなった。
こいつは好意を隠さない。なのに押しつけない。
ただ「お前が好きだ」と伝えてくる。
俺や四堂達のように擦れた人間には、それはまるで奇跡だった。
「また来る。今度は電話してからな」
長雨が笑う。
「楽しみにしてる」
不意に長雨の手がすうっと伸びてきて、どきりとした。形の良い指が少し背伸びをして俺の頭に触れ、撫でられた。長雨らしい柔らかな手つき。
「寂しくても泣くなよ?ヤス」
「…お前がな」
既に泣きそうだった事は口が裂けても言うまい。
2007.5.18
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