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番外編
4

「違う」

立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、ぐいっ、と、手じゃなく、肘の上辺りを座ったままの垣代に引かれて、何だかどきりとしてしまった。

垣代が俺を見上げている。黒い瞳は、真夜中の海の色だ。空と海の境が曖昧な海は、怖いくらい綺麗で深い。

「迷惑じゃない。ただ、理由を訊いた。どうして、俺を頼った」
「………そっか」

腕を引かれるままに、もう一度イスに腰掛ける。

「理由…ええと、垣代がバイリンガルって聞いてたし、あとは、」

俺の答えを待つ垣代を見つめる。
垣代の瞳は夜の海と同じだ。何を考えてるかなんて分からないけど、こんなに綺麗なものが悪いものであるはずがない。そんな気にさせられる。

「垣代なら、笑わないで助けてくれるかもしれないと思ったからだな」

ちょっと気恥ずかしいような、情けないような気分になって苦笑した。

「ごめん。甘え癖がついたかな。垣代には助けてもらいっぱなしだから」
「………そうか」

垣代は一瞬、眩しがるみたいに目を細めた。なんだかそれが笑うみたいに見えて、きれいだった。

「教えるのは初めてだ」
「そうなのか。すごく分かりやすいよ」
「普通は『ごほうび』をやったりするんだろう」
「何かくれるのか?」

冗談で言ったのに、垣代は「考えておく」と呟いた。










「The るーむ is not らいと enough for drawing. so he puts…」
「『room』と『light』が日本語の発音のままだ。『is not』ももっと短縮していい」
「あ、そうか。えーと…」

何十分も、垣代は根気よく俺のダメ発音っぷりと戦ってくれた。

「The room isn't right…?」

「その『right』では『r』の発音だ。『l』は歯の裏に舌をつける」

下の歯の裏に舌をつけてみる。

「ぅ…ら、いと…?」

ん?なんだかカタカナの『ライト』と変わりがない。
垣代はちょっと考えるような顔になった。かと思ったら、テーブルの脇に置いてあるガムシロップの小瓶を手に取る。

「垣代?」

アイスコーヒーでも頼むのかな、とか思ってたら、垣代はその小瓶の注ぎ口から自分の人差し指の腹にシロップを一滴たらした。そうして、

「ここだ」
「ん、わ」

顎をぐっと押されて口を開かされて、上の歯の裏を指で、撫で、られ、






わあああ







俺の口から声が出るより早く、どこかからそんな声が聞こえた。多分オーディエンスだ。

「やってみろ」
「ら、ら、ら…light!」




垣代に撫でられた歯を舐めたら、舌が痺れるくらい甘い味がした。










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