番外編
3
「なら、『sink』と『think』はどう違うんだ?どっちがカタカナで言う『シンク』?」
「どちらも違う。喉を震わす音ではなくなる。息を吐くような無声音だ」
すー、すー、と、歯の間から息を吐く垣代を真似してみる。
特訓が始まって数十分。向かいに座った垣代は俺をじっと見つめて、時折指示を出す。
そしてそんな俺達をまた、周囲が見ているような気がした。
「あれ…」
「嘘だろ」
「転入生…」
「…副会長が」
たまに聞こえてくる単語はあんまり良い話題のものじゃなさそうだ。そうか、忘れてた。垣代は生徒会副会長だったな。佐助が良い顔をしなかったのはそれでか。
こういうところにズボラなのはあんまり良くないのかもしれないな。垣代にも迷惑だろうか。
「水上、集中しろ」
「え?ああ、ごめん」
慌てて発音を再開する。
垣代の表情はいつも変わらないように見えて、少しずつ変化を感じられるようになってきた。元々視線には慣れてるのかもな。今は普段と全く変わらない。
「sink」
「そう、それが『s』の発音だ」
何度も何度もすーすー繰り返して、ようやくOKが出た。思わず表情を輝かせてしまった。
「嬉しいか」
「おう」
即答したら、垣代はなぜか数秒、黙ってじっと俺を見つめた。
「?…垣代?」
「………次だ。『th』は、舌を軽く噛む」
ふいっと目を逸らされた。何だろう。
「あ、えーと舌を軽く…噛む」
舌の先を軽く前歯ではさんだ。
「そこから息を吐く」
「つー」
『s』より少しだけ濁った音が出た。またその音を何度か練習する。垣代はそれを見てくれていた。
コーヒーはもう冷めてしまったみたいだ。
「thi…nk…thin、k。thー、thー?」
「水上」
「ん?」
「なぜ俺のところに来た?」
「え」
はっとする。気をつけようと思ったそばから、周囲の視線を忘れてた。飽きもせずにヒソヒソ話は進んでいる。
どうも噂話では、俺は色んな男をいかがわしいテクニックで手中におさめてることになっているらしい。勿論100%デマです。何だテクニックって。
「ごめん、迷惑だったな」
俺のせいで垣代もそのいかがわしいテクニックとやらにほだされたとか言われたら、さすがに申し訳ない。ノートのたぐいをまとめる。
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