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番外編
3
五分くらいして、遥か遠くの校舎から誰かが歩んでくるのが見えた。当然前とは違う制服だったが、長雨だとすぐに分かった。
口元が笑んでしまい慌てて直す。

奴はとたとたと走っては歩き、走っては歩きを繰り返してこっちに向かってくる。途中で手を上げてきたので上げ返す。ぱっと咲くように笑う。

「ひ、さしぶり、ヤス…!」

残り5メートルまでくると、思った以上に息が荒いのが分かった。世辞にもたくましいとは言えない肩が上下する。声を聞けたのが嬉しくて、その上顔が見れただけで、なんと泣きそうになる自分を感じた。

「走ってきたのか、お前体力ないのに」

いつか言ったセリフをもう一度、今度は笑って言う。長雨も笑った。門の柵の向こう側で立ち止まる。

「軽いジョギングですご心配なくー」

ああ、これなんだよなぁ。
柵の間から手を伸ばして、頭に、触れる。
くしゃくしゃ頭を撫でてやると、子供みたいな顔をしてくすぐったいと訴える。

「元気そうだな、ヤス。何かあったのかと思って焦った」

長雨が柵の向こうから俺を見上げて、まだ落ち着かない呼吸の中でほっとため息をつく。やっぱりアポはとらなきゃまずいな、と反省する。

「悪かったな、」

言い訳を言った。















「会いたかったんだ」












あれっ、と思った時には、既に『口が滑った』後だった。長雨が目を丸くして瞬かせる。そしてそれは俺も同じだった。

『どうして来たんだ』と長雨に訊かれたらこう言い訳するつもりでいた。『クラスの奴らがお前がいなくなって寂しがってる。あいつらに頼まれた荷物を届けがてら、俺が代表で様子を見に来た』と。

嘘は何一つとして無い。それなのに、今の自分でも驚く程恥ずかしい発言は何だ。

「…殺し文句じゃないですか、斉藤先生」

長雨の耳が赤い。しかし俺は今自分がこいつより遥かに赤いだろう自信があった。
思わず、だった。思わず出た。顔を見て、声を聞いて、頭を撫でたら、思わず言ってしまった。それが本音だったらしいと今更気付く。


俺はただ、長雨に会いたかった。


口元を押さえ目を逸らした。

「…忘れてくれ」
「むりむり」

怒った振りをして紛らわしてしまおう、と思って顔を上げる。

「おまえな、」
「ヤス」

名前を呼ばれた声が、懐かしかった。


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