番外編
4
起こすべきなのか、少し迷った。大した意味もなく、水上の足の上の本を覗く。
『ウ・ア・ラ・ネージュ』と冒頭にあった。一瞬呪文かと思ったが、フランス語だとすぐに気付いた。『ネージュ』は確か『雪』という意味だったか。『ウ』が『卵』だったはずだ。『材料』や『作り方』の項目もある。洋菓子か何かのレシピだろうか。
脇には山の様に本が積まれている。
『パウンドケーキ100選』
『見て楽しいチョコレート菓子』
『ジャムを使った洋菓子』
『おもてなしに使える手作りのお菓子』
菓子の本が大部分だが、中には『お弁当に合うおかず』という本も入っている。
本当に料理をするのか。
しばらく考え、起こす必要は無いと判断した。試験も終わったばかりだ。起きなくてはならない理由もないだろう。
立ち上がる。そう寒い風では無いが、一応窓だけは閉めておこうと手を掛けた。キィ、パタン、という小さな音が立った。水上を見る。起きる気配はない。
行こう。踵を返す。
「………雷?」
声に、思わず振り返った。水上が眠そうな目を細めて、俺を見ていた。
「…………」
『らい』、とは何語だ。今度こそ呪文か。
どう反応したらいいか分からず突っ立っていると、水上はふにゃりと音がしそうなくらい柔らかく、笑った。
「おいで」
ぽんぽん、と、水上は自分の座る横の床を叩く。もう彼は目を閉じてしまっていた。無視をする事も勿論できた。声をかけてもよかった。だが、どちらもせずに足は歩み寄っていた。自分でも何故だかよく分からない。
水上の右横までくる。と、水上が俺の手を取った。ぎゅうっと握られる。細い指だ。
「あれ…?お前手おっきくなったなぁ…」
座れと促すように手を引かれる。それに従い腰を下ろした。
ふぁあ、とあくびをして、水上は俺の肩に頭を寄り掛からせてきた。どうやら誰かと間違われているらしい、と今更気付く。
「ごめんな…兄ちゃん、ちょっと眠くて…起きたら…夕飯作る、から…」
とろとろと思い出すように紡がれていた言葉が、やがて途切れて寝息に変わった。
「………おい」
しまった。これでは俺もどこにも行けない。手は握られたままで、頭は肩に乗ったままだ。
「………………」
しばらくあれこれと方法を考えて、やめた。
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